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これまでと、これから。過去と未来とその間。その⑤

数年前まで時々、結婚したくてたまらなかった。 恋が終わっては絶望的な気持になったりしていた。 (時にはそんな気持ちに浸る余裕も無いほどに荒れた終わりを迎えたこともあれば、終わる前に次の人を見つけてそんな気持ちにならない様にとしていたときもあった)   ラッセと出会って、本当に欲しかったのは結婚という形そのものではなくて、人と深く愛し合うという事そのものであると気が付いた。 これは自動的に自然に起きるものでもなく(きっかけは自然に起きるけれど)、お互いが真摯に心を開いて築き上げていくものだと学んだ。 ずっと愛されたいと思っていたけれど、本当は心底愛したいのだと知った。   ラッセと出会えたことは神様からの素晴らしいギフトだと思うし、ラッセと共に生きて愛し合って来た事は私の人生の誇りだ。         さて、この9千文字に迫る文章をどうやって締めくくったらいいか、今も分からない。 瞑想の経験について書こうと思ったら、やはりこれを書かずにはいられないし、そうでなくとも、自分の真摯な気持ちを、真実のままに綴っておきたかった。       ここに書き記せないほどに、勿論、沢山の事があって、沢山の話をした。   この先デンマークで夏にもう一度再会するが、それ以降はお互いにかなり異なる道を歩むこととなるだろう。 「お互いに、お互いが再び一緒になる事を知っている」と書いたけれど、それがいつなのかは分からない。 1年後か10年後かはたまた来世か、はたまた1か月後か。 どんな形で一緒になるかもわからないけれど、今確かなのは、どこにいても何をしていても、ラッセを愛しているという事だ。         瞑想で学ぶ事は 「この世に永遠のものはなく、常にすべてが変わっている」という事だった。   それはすごく寂しいことに思えた。 実際は多分、全ての生き物が、永遠のものは存在しないと知っているからこそ、だからこそ心のよりどころとなるような永遠に続くものを探し求めたくなるのだろう。   この気持ちも、この愛しているという気持ちも、永遠ではないだろう。 きっとこの先で変わるかもしれない。 でも、今この一瞬、「ラッセへの愛は変わらない」、そう感じていることは確かで、そう思える事・移ろいゆくことも含めて、美しいことだと今は思う。           先に、どう締めくくったらいいか分からないと書いたが、実際には、締めくくりたくないのかもしれない。 それは、この愛を見届けたいという思いがあるからで、この2人の関係がこのままにずっと続いていったら、と私のどこかで思っているからだ。     ラッセの新たなチャプターは昨日始まった。 (フライトが夜だと思っていたので、ゆっくりと名残惜しい気持ちと時間を過ごそうとしていたのだが、ふとお昼にオンラインチェックインをしようと再確認したら午後3時だったことが判明し、それから大慌てで1時間で支度をして旅立ったのだ) (もう既に寂しい、と乗り継ぎのマレーシアの空港からメッセージがあった) 私の新たなチャプターも、もうすぐ始まる。 いや、もう始まっているのかもしれない。       一緒に生きるために、離れる。 … Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来とその間。その④

実は、ラッセは4日目には途中で辞退をして道場を離れていたのだが、ポカラで待ってくれていた。(本当は迎えに来ようとしてくれていたのだけれど、前日に大風邪を引いてホテルで寝込んでいた。←寝込み率高しのラッセどん)       瞑想で感じたことを、全てラッセに伝えた。 ラッセがたびたび私に言っていた言葉の意味が分かったという事 サポートしたい、頼りにしてねと今は言えるという事 瞑想で自分・マインド、心の声がクリアになっても尚、 この選択が正しいと知っていて、心が「it’s time」と告げていて 流れのままになることを知っていてそれを受け入れていても尚、 関係性の名前は関係なく、ラッセを愛している、というそれは変わらないことを知っていても尚、 この先また一緒になる事をお互いが知っていても尚、 それでもやはり どこかで「ずっと一緒にいたい」という気持ちがあるという事 そしてその気持ちに対してラッセがどんな答えをしても、私は大丈夫・受け入れる事が出来るという事 全て伝えた。   そして、それで表面上何かが変わるという事は無かった。 この時にラッセは、友人と共に急きょインドネシアへ行くことを決めたことを知る事になるのだが。 (ラッセはこれまで、家族・一人・彼女と旅をしたことはあるが、男友達と旅をしたことは無く、これがラッセにとってのサインであると感じたそうだ) (ちなみにその友人も、私たちと同じような境遇にあり、私たちのことをよく理解してくれていた。神様が遣わしてくれたみたいだ。 その彼女と私はカトマンズでとても良い深い時間を過ごした。それについてもいつか書こうと思う)       何故なら、さすが双子というか、ラッセもまさに同じく思っていたのだ。 これまでも、別々に出かけた先でばったり出くわしたり、あれが欲しいなと思っていたらまさにそれをラッセが持ってきてくれたり、同じことを考えていたり、という事はあったが、この決断以降如実にそんな事が増えていて、特に同じことを思っている・考えている、相手が何を思っているかが手に取る様にわかるという事がしょっちゅうだった。     だからこそ確信したというか、腑に落ちた。 あぁ、私たちは言うなればライフパートナーなのだと。 相手が何をしようがどこにいようが、心から相手の事・相手の幸せを思い合えると。     不思議な話、いや、不思議でもないのかもしれないけれど、別々に道を歩んでいくと決めてから、心底ラッセを愛しているとよりクリアに感じるし、心配や不安も何もなく、そう、本当に何もなく、ただ愛している。 そして、そうお互いがただクリアにまっすぐに愛しているということをお互いが知っている、という事を当たり前のこととして受け止める様になってきていた。     瞑想を経て、今までの愛の形が広まった、そんな感じだ。 2人の間で循環していた愛が、更にふわりと広がっていくのを感じている。       ラッセがインドネシアに旅立つ前々日は、それでも寂しくて、その寂しさがネガティブを招いて大泣きしてしまったが、それも過ぎ去る事を知っていて、過ぎ去った後にそこにいつもあるのは変わらない愛とこれからの未来を楽しみにしている自分と、同じくラッセが感じていることを知っているという安心感だった。           不思議なことと言えば、私はこれまで子供が欲しい・産みたいと思った事が無いし、子育ては更にしたいとは思った事がなかった。 (や、一度だけ、デンマーク人のジンジャーの友人に対して強烈に「この素晴らしい遺伝子を次世代に継がなければ!」という強迫観念の様なものが湧いてきたことはあるが。) (ジンジャーの人たちは隔世遺伝でしか生まれないそうで、彼はとても美しくて賢い人なので、「この遺伝子を途絶えさせるのは人類にとってものすごく大きな損失になる」と思ったの・笑) (「精子バンクに君の遺伝子を売って、そのお金で世界中を旅しまくって、北欧やロシアなど君の遺伝子がそのままに残りやすい人種の子たちを中心に、子供を作りまくって出来るだけたくさん遺伝子を残しなさい!君の遺伝子は人類の美と繁栄で、を残さない事は人類の危機よ!もし君が35歳までに子供が一人もいなかったら、私が君を誘拐して君の遺伝子を次世代に残すわ!」と、そんな感じの人) (でもそれは、本当に純粋に「この人の遺伝子は残さなくてはならない」と思ったの) … Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来とその間。その③

・・・ヴィパッサナー瞑想は、私が茶の勉強のためカトマンズでインターン、そしてインドへ行くことを決めた一方、「人生について自分について、真実に見つめ考えてみたい」とラッセが決めたことだったのだが、結果として本当にヴィパッサナーに呼ばれていたのは私だったのかもしれない。 ポカラで色んな事が起こりカトマンズへ発てなくなってしまい、瞑想が始める数日前にふと「ハルカも瞑想に来たら?」とラッセが私に言ったときに、「あ、これはサインだ」と思ったのだ。   人生に起きる事を注意深く見ているとき、人生の前兆・標識と言えるようなサインを見かける事となると思うのだが、特にこの「巣立ち(この時点でそう2人で考えていた)」を決めて以降はそのサインに溢れていた様に思う。 なぜカトマンズに戻れずポカラにずっととどまる事になっているのか。 ラッセと深くこれまでやこれからも見つめる時間である、という事ともだが、 「あ、これに呼ばれていたのだ」とどこかしっくり来た。       ヴィパッサナー瞑想は、あらかじめの予約が必須で、ラッセが4週間前にネパールの4か所の道場に申し込んで全て断られてしまったのだが、「当日キャンセルがあったら入れるかもしれないから、当日来てみて下さい」との聞き、イチかバチか当日のドタ参加にかけていたのだ。 その時点では私はポカラの道場には申し込んでいなくて、通常定員に達すると申し込みページにアクセス出来なくなるのだが、なぜかポカラの道場は前日もオープンのままだったので、そこで申し込みを済ませ、ラッセと共に向かうことにした。       緊張からだろうか、前日夜から下痢が止まらなくて、当日は更に体調も悪くなって、申し込みもしていないのに先生の部屋で休ませてもらっていた。 その日から12日間、目を合わせる事・会話する事・体に触れる事も出来ないとあって、キャンセル待ちをしている間、ラッセがかいがいしくお世話をしてくれたのが嬉しかった。 (や、そうじゃなくても具合が悪いときはいつもお世話をしてくれていたのだけれど。) しばらく眠った後にラッセが呼んでくれて、2人とも参加できることとなった。 ラッセが手続きを観ている時にはキャンセル待ちは4人しかなく、女性は誰かが入れなくなる様だったが、どういうことか5人目として入れることとなったのだ。   男女別で分かれる前に、キッチンの裏でこっそりとキスをして、お互いに励まし合って寝所へと向かった。     ・・・さて、ここから先ヴィパッサナー瞑想がどんなものであったかを続けて書きたい気もするが、その詳細はまた別の記事に譲るとして、ヴィパッサナーで私が感じた2人の事について書こうと思う。       レクチャーの時間に聞いた話で、この瞑想を続けていると「最も愛しているのは自分自身のことであり、自分以外誰のことも愛していない」という事に気が付くのだという。 でも私は逆で、自分がどれだけラッセのことを(そしてラッセを通して自分自身の事を)愛しているかに気が付いた。 今までラッセの事を男として、人間として愛しているという気持ちの一方、どこか独り占めしたいという気持ちもあった。 お互いにもし好きな人が出来たら、隠さずそれについて伝え合おう、それからどうしたらいいか二人で決めて行けばいい、という言わばオープンリレーションシップの形をとっていたが、本当にそうなる事は無かった。 それはどこかで、特にラッセが、もしそうなったら私が悲しむことを知っていたからでもあるし、私が、そうなったらこの関係は終わるだろうとラッセに伝える前に恐れて言わないでいたところがあったからだ。   だけれど、この瞑想を経て気が付いたのだ。 ラッセが誰を愛していても、それで私のラッセへの愛が消える事は無く、私のラッセへの愛は変わらないという事に。 誰かの事を愛するラッセも、それを含めて愛しているだろうという事に。 ラッセがどこで何をしようと、ラッセを愛しているという事に。   それに気が付いたとき、ふと心が澄み渡り軽くなったと同時に、涙が流れた。       これまで、何かある度に私は「リレーションシップはサポートし合うものじゃない?」と言って来ていたが、実際はラッセが私をサポートしてきていることが多かったし、私が「君を支えるし、頼りにしてね、助けるよ」とラッセに伝えたことは、覚えている限りでは無い。 それは、私は誰かを支えたり助ける事なんてできない、そうできる程私は強くも頼りがいもないと自分に対して思っていたからだ。 だけれど、この瞑想を通して 「ラッセをサポートしたい。頼りにしてね、必要な時に力になるから」と思いが沸き上がって来た。     と同時に、先のこの2人の関係性のことが浮かび上がってきた。         Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来とその間。その②

    そう決めてから居てもたってもいられず、方々に連絡した結果、とんとん拍子で物事が進んで、私はインド行きと雲南行きが決まり、カトマンズでインターンをすることとなった。 これから先の現実を生きるという事がやはり寂しくて、なるたけ寂しくない様に、自分を忙しく・自分だけに集中しようと思い、早々にカトマンズに戻ろうというのがその後の計画だったのだが、神様の計らいだろうか、結局ポカラにかなり長期滞在をすることとなり、その間の時間は本当に言葉にできないようなプレシャスな瞬間の連続だった。   また、これまでの、そしてこれからの2人の関係を見つめ、作り直す期間でもあった。     2人で聞いたデンマークの歌手の曲「ディア・スラックライナー」は、これからの私たちの未来を鼓舞する様で、泣きながらラッセが歌ってくれた夜。   2人の愛読書であるブラジル人作家パウロコエーリョの「アルケミスト」の一節を引用し、ラッセが語ってくれたことは、まさに私たちの事だと感じた。   「アルケミストで、少年は 『僕はファティマという宝物を見つけた。人々も僕を尊重してくれる。エジプトに行く必要は無い』と、砂漠に留まろうとしたときに、宝物を見つける旅に出るかわりにここに留まったらどうなるかを錬金術師が見せてくれた場面があったよね。 もしかしたら僕たちは、その留まる方を選んでしまっていたのかもしれない。 けれど今からでも遅くはない。手遅れになる前に気が付くことが出来たのだから。僕が君を愛していることは変わらないし、きっと必ずこの先でまた僕たちは巡り会うから。 きっと、僕たちお互いがお互いの人生を生きる事が出来た時、少年がファティマのもとに戻って行く様に、僕たちもまた一緒になるんだと思うし、そうなる事を僕は知っているよ。 その時のハルカに会うのが、すごく楽しみだよ。 ハルカが怖いのも分かるし、すごく寂しい気持ちもある。でも僕は僕たちの決断を誇らしく思うし、祝福したい気持ちでもあるんだ。」               この決断について、ラッセに瞑想を紹介してくれた友人や家族に説明する事となり、事実上は「別れ」という事になるのかもしれないけれど、お互いにその言葉がしっくりこなくて、何と言えばいいのだろうと思っていた。 「僕たちはお互いの事を最もよく知っている。これからもずっと心は共にあり、支え合う存在である」と言うのがお互いの気持ちで。     私もラッセも、お互いに色んな出会いや別れをしてきたけれど、こんな形で「彼女彼氏」で無くなるのは初めてだし、憎悪もクライシスもなく、違和感も無かった。 (クリスマーティンとグヴィネスパルトローのconscious uncouplingと言う言葉も、やっぱり何か違う気がしていて) その言葉は、ヴィパッサナーメディテーションの時に浮かんでくることとなった。       Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来と、その間の今。その1

      その一瞬がいつまでも続く気がしていて いつでもまた会える気がしていて でも本当はその一瞬はその時にしかない、 という事を 旅をしているとクリアに、目の前に突き付けられるみたいに感じる。 前に、今の時点で最も恐れている2つのことをする事になる、そのひとつはインドに行くこと、と書いたけれども。 ネパールに来てから、私たちの中で大きな変化があった。 いや、正確にはずっと変化をしていて、それを観ないようにしていたのだ、お互いに。   私とラッセは、彼氏と彼女と言う関係からお互いに飛び立つことにした。 ネパールに来てから、私の中で、いや、私たち双方の中で色んな思いが沸き上がっては消えて行っていた。 きっかけは小さなことだったけれど、ポカラでのある朝、私たちは突如としてそれを直視しなくてはならなくなった。いや、本当は心のどこかで向き合いたいと思っていたのかもしれない。 このお互いの気持ちについて、何時間もずっと話し合っていた。 理由は沢山あるけれど、一番の理由は、 「今の私たちにとって、一緒にいることが、お互いがお互いらしくあること・生きたい様に生きることから最も遠ざけている」からであり、 それはいわば、一緒にいる事で、いや、一緒にいる事を全てからの最優先にしたことで、お互いにゆっくりゆっくりと人生への情熱を失っていたとも言えるし、(もとから人生に情熱的ではなく、お互いを情熱の源と置き換えていたのかもしれないし) 「それぞれの人生をお互いが今一度生きることが必要」と決断したから。     それは私で言えば、やりたいこと・純粋な興味や関心・進みたい事として湧き上がってきた思いを、「でもそれをするという事はラッセと一緒にはいられない」と思い、その想いに蓋をし見なかったことにして、一緒にいる、ただそれだけを選んできた事であったし、 ラッセにすればそうして徐々に何かが動かなくなってきている事実であり直感を、一緒にいる心地よさのために無視し続けるという事だった。     ・・・あの話し合った時間、あの気持ち、あの言葉。 沢山あるのに言葉として紡ごうとするとうまく言葉が出て来ない。 けれど出来るだけ、私の心の真実のままに紡いで行ってみようと思う。     そうして話し合って、彼女と彼氏と言う関係から飛び立つと決めてからも、いや、本当は決めたくなかった。だって本当にラッセの事が大好きだから。 ずっと一緒にいたい、彼氏と彼女のまま、お互いに離れたところで違う事をすること・異なる生き方をすることは出来ないのか?と私の中の私がいう一方、 私の中の深くから、 「これでいい」 「わたしのことを待たなくていい」 という声が全ての感情や想いから突き抜けてまっすぐに、私に響いていた。 そしてその声の言葉を無視できなかったし、それをラッセに伝えないでもいられなかった。 お互いにとても、とても、泣いた。 これが私たちにとって最善の選択であり、正しいことをしていると分かっていても、これからお互いが別々の道を行くのだという事が信じられない様な心地でいた。   今までずっと一緒で、文字通り(多分トイレに行くとき位以外かな)隣にいて。 何かについて話すときはいつも「私たちWe」だったし、これからの予定もずっと一緒にいると思って決めていたから、突如として「君は何をするの?You」「私はこうする I 」とお互いの道がこの先で分かれている事にひどく寂しい気持ちになって、二人でセンチメンタルになって泣いたし、 レストランや出前のご飯を、いつも2人でシェアしていて、これからはそれが出来なくなるのだと気が付いて涙したり。     そうゆう事に気が付く繊細さはいつもラッセからで、その小さな2人の一つ一つの事をラッセがとても大事にしてくれていた事がとても嬉しく、愛おしく、そしてその事実を目の当たりして私も泣いていた。 でも不思議と、悲しくて寂しいのだけれど、それでもスッキリした心地だった。 と同時に、すごく、すごく、すごく、怖かった。   でも不思議と、悲しくて寂しいのだけれど、それでもスッキリした心地だった。 と同時に、すごく、すごく、すごく、怖かった。 これまで自分の眼鏡で世界を見る事を手放して、彼の視点から世界を見て、世界を生きていた。 … Continue reading

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Going back to Copenhagen, midJuly-August ;)

<<We’re going to go back to our lovely Copenhagen, DENMARK💗 ⇒Looking for a space to live for us from this mid-July til August/ 1.5-2 months>> ……….. Hej and Konnnichiwa, everyone ! This is Lasse and Haruka, thank you for reading our posts 🙂 Started from Denmark, we’ve been traveling in Spain, Japan, England, Thailand and … Continue reading

Our facebook page:Happy Hippie introvertraveling nomads :)
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  Our facebook page 🙂 !!! → Happy Hippie Introvertraveling Nomads         (English below↓) 皆さん初めまして❤ 私たちは日本人のハルカとデンマーク人のラッセです❤ 旅が大好き・のんびりするのが大好きな ちょっぴり変わり者のハッピーでヒッピーなカップルです♪   世界中の美しい大自然・光景や素敵な人たちに出会いたい・・・♡ と同時に エコでスローな地球にやさしい暮らしを紡ぎたい・・・・♡   でも、旅と暮らしって正反対のことばみたいじゃない? どうしたら出来るんだろう? ・・・・じゃあ、やってみよう^v^!!!   ということで 「現代農耕採集遊牧民」として 世界中を旅して暮らす/暮らしを旅して生きていきます♡♡ どうぞ応援してね♡ &一緒に旅の道中を歩いたり・愛に来てくれるの大歓迎^v^♡♡♡ Hi everyone! We’re Haruka from Japan and Lassefrom Denmark, love traveling and having comfy cozy relaxing life. We’re happy hippie … Continue reading