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ヴィパッサナー瞑想④DAY8~11日目&まとめ

8日目&9日目:     実は、2,3日目あたりに気が付いたのだが、油分や特定のスパイスや豆等を食べると体内がとても暑くなり、また下痢気味になる事に気が付き、それからは朝は豆のスープを抜き、お昼は胡瓜と大根のスライス、午後はフルーツのみ、そこにお茶かお湯かお水という、断食に近い食事に変えていた。(←自分でここまで変えるのはあまり宜しくないと思う) そのせいか、8日目の朝突如として、体が非常にだるく、またしびれていて、トイレから部屋までの3メートルほどの距離が途中で歩けなくなってしまった。 そのため8日目は午前中はほぼ寝所で休んでいた。   そのせいもあって、午後からは後れを取り戻そうと気を張り気味だった。また前日に真剣な瞑想は明日までと聞いていたことから、今日明日中に瞑想のテクニックに集中できるようにしたい、オーディオで説明される感覚を掴めるようになれれば、という思いもどこかにあったと思う。 それでまた、「背中のセンセーションがあまり感じない」、「フリーフローだと個別で観察していたときみたいにハッキリとセンセーションを感じない」と、焦っていた。 いや、最初はこう思っていたのだ。 「“今はあまり感じなくとも、練習を積めば感じる様になる。一人一人これまでの経験・人生が違うのだから、センセーションの源となるサンカーラも違う。だから己のペースで真摯に取り組みなさい。”と先生は言っていたし、明日もあるのだし地道に練習しよう」と。 でもどうゆう訳か、ふっと一瞬マインドが入り込むと、特にフリーフローの練習でこの先感じる事になるであろう体感、その後の新たなテクニックや、それによっておこることなどを説明されたときには(←この説明は9日目だったかもしれない。)、「私はまだまだそんなセンセーションが起きそうもない!とりあえず体内のセンセーションを観察してみよう!」と考え、それで出来なかったものだから、すっかり取り乱して、それから全く集中できなくなってしまっていた。   なので再び先生に質問をしに行って、私が聞き違えていた事が分かり、また、最初に思った通りに、自分のペースで地道に練習すればよいのだということを言われて、ふと、何か暖かなものが心に満ちていくのを感じた。 それは自己肯定感の様なものだった。 体に沸き起こる小さな小さな変化・体感さえ、ひとりひとり違う。 それを受け入れる事は、自分をそのままに受け入れる事だった。 体に沸き起こる変化・体感さえ一人一人違うのだから、人生が全く違うのは当たり前。 だから誰かと自分を比べるなんて全く意味がない。 それを「体感」として分かったことで、誰かと比べてはへこんだり焦っていたりした自分を許せる・癒しが起きたし、過去の自分と今の自分を比べる事も同じく全く意味がない事なのだと体感で分かった。       この日までには、過去や未来について様々な事を心が語り掛けるというのも、そこまで多くは無くなっていたが、それでもそうした時には「今」というこの瞬間に集中出来る様になっていた。 今この瞬間には、「今」あるものしかないのだということ、「今」の「私」しかいないのだという事。 目には沢山の人・世界・物事が移るが、自分の世界には「今」と「私」しかいないのだという事を、体感として分かった。       気が付けば、瞑想に来た最初のころから随分と遠くに来ていた。精神的に。 最初の頃の自分をうっすらと覚えているが、いつの間にか書き換わっていて、そのころの私は思い出の中の私となっていた。       恐れや不安は、身に迫る鮮やかで恐ろしいものでは無くなっていた。 「事実は事実として受け止める」 「未来の事はその時に考えて行動する」 「運を天に任せ、人生の流れのままに・命/宇宙の意思にゆだねて生きていく」 そんな思いが沸き上がって来ていた。 文字にするととてもシンプルだ。 そして私のマインドも感情も「私」も、とてもシンプルで静かに穏やかだった。     「私」は、今に生きるという事を、ほんの少しだけ出来る様になっていた。 「私」は、マインドと友達になり、一緒に歩んでいくスタート地点に立っていた。 「私」の人生は、ここから新たにスタートする、その扉を開き踏み出していた。         10日目:     10日目は10時以降はnoble silence聖なる沈黙から、noble … Continue reading

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ヴィパッサナー瞑想③DAY5~7日目

5日目:   朝起きると、心が穏やかで静かな事に気が付いた。 心のかたちや光景は目に見えないが、波の無い海の様な、そんな心地だった。 瞑想の最終日である9日目を除けば、最も集中していたのは5日目かもしれない。 4日目までの長い記述に対して、5日目から内容がかなり減ってくるが、何かを感じたり考えたりしていなかったという訳ではなく、瞑想・新しいテクニックに「ついていく」のに必死だったのだ。     そうそう、最初の頃に「女子ばかりでつまらない」、「同室の子の咳払いが気になってしょうがない」と書いたが、この時にはそんな思いも無くなっていた。 瞑想の際に、その子のすすり泣く姿が目に入ったり、質問の際に私と同じように感じていたりする女の子たちを見て、あぁ、私たちは仲間なのだな、と思ったからだ。   これまで学生生活や社会人生活は、乱暴に言ってしまえば満員電車の様な気がしていた。 同じ方向に向かってたまたま同じ車両に乗っている誰か。車両を下りたら知らぬ人、そんな感覚。 だが不思議なことに、12日間お互いにほぼ目も声を交わさないけれど、この空間にいる子たちは「同志だ」と、そんな気持ちが湧いていた。 人生の荒波に時に疲れたり、そもそも「何で航海に出ているのか」と疑問に湧いたり、同じ思いを分かち合う仲間たち。           6日目:     一体どうゆうきっかけで湧き上がってきたのかは分からない。 そもそも、座って目を閉じているだけで、人生を顧みたり、生き方が変わる様な事が起きるのだから、何か自分の中の真実に気が付くに至るのに、どんな経過をたどっているのか・何がトリガーとなっていたのかなんて、それをしている自分自身でさえ実は全く分からない。   それには突然気が付いた。本当になぜか分からない。 でもこの気づきをスタートに、自分の人生の大きな写真・大きな光景に意識が向く様になった。 瞑想の間、絶えず考えていた事・胸にあった事はやはり私とラッセの関係の事だ。 前の投稿のシリーズ「これまでと、これから。過去と未来とその間」でも書いたが、私たちは彼氏彼女と言う関係から巣立つことにした、と書いた。瞑想に来る時には、これから二人の道が分かつことに関して、やっぱりちょっと寂しい気持ちはありつつも、その変化を受け止めていた。それでも、いや、だからこそ、自分の本当の気持ちを・奥深くにある気持ちを見つめたかった。本当に二人の人生が分かれて進むことになる前に、私の真実の想いを全てラッセに伝えたかった。 「これから先、物理的にも人生の方向性も違う方向へ進んでも、そしてラッセが誰を愛そうとも、私のラッセへの愛は変わらない」     その言葉はふっと突如浮かび上がってきた。 この言葉に付け足す言葉は何もなくて、ただただ、そう思った。 どこにいても、何をしていても、誰といても、それで私のラッセへの愛が減ったり消えたりする訳ではない、と。       これまでもそうだし、これからもずっと、愛している。 (このこれまで、というのは、私とラッが出会ってから、という意味もだし、過去世でのことも含めて。) (←瞑想でそんなものを感じるなんて可笑しな話かもしれないが、私ではない過去も、私の過去も、今も、未来も、気が付かない・意識に登らないだけで全て今ここに同時に存在しているのだと感じたの。) そう思うのは、私たちが1つの命を2つの体で分けた双子だ、とお互いが知っていて、また、再び私たちの人生が絡まると知っているから、「愛している」という理由な訳ではない。 ただただ、そう感じるのだ。     ヴィパッサナー瞑想で学ぶのはインパーマネント・不変のものは無い、という事なのだけれど、人間が何かに固執するのは、永遠のものは無いと知っているからこそ、変わらないものを求めてしまうのだと思う。 変わらないものは無い、というのは一見寂しいことに感じるけれど、美しいことだと今は思う。   だから、この「変わらず愛している」と今感じるこの気持ちも、いつか変わるのかもしれない。 でも、今この一瞬感じている「変わらず愛している」という気持ちを、今は大事にしたい、そう思うのだ。     愛が、広がっていくのを感じた。 二人だけの世界・2人だけで循環していた愛が、 … Continue reading

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ヴィパッサナー瞑想②DAY3~4日目

3日目:     大きな気づきがあったとは言え、依然として集中するのが難しく感じていた。10日間も瞑想するのが未だに信じられない心地でいたし、レクチャーで聞く様な変化が自分に起きるとは信じられない気持ちでいた。と言うのも、未だにマインドが静かになるのは持って最大5分と言う様な感じで、先生がいう様な「1時間のうちに20分でもマインドが静かになれば」と言うのは程遠く感じていたからだ。 最初は1分程度しか続かないマインドのフォーカスに焦る気持ちもあり、「もっと集中して、このコースについていかなくては」と思っていたが、 「誰かと比べる必要は全くない」、 「仏陀、キリスト、ムハンマドの言葉も素晴らしいが、それは彼らの経験」、 「あなた自身の経験から、あなたがあなた自身の真実を見つけるのです」、 とレクチャーで言われる様に、次第に諦めにも似た心地になり、 「数分しか続かなくても仕方がない。 出来る範囲でやって進まなくてはならないのなら、それで進めよう」 と考えをシフトさせていた。     これは私にとって小さな、でも明らかな変化で、私は完璧な状態・もしくは完璧に近い状態でなくては行動をしたくない、と思っている節があり、例えばトレッキングでは、高山病にならない様にと、便通まで気を配っていて、少しでも体調に不調が見られればかなり神経を使っていた様に思う。 その際にラッセに「時には完璧じゃなくても、準備が整っていなくても、やらなくてはいけない・進まなくてはいけない時もあるよ」と言われたのだが、その時は「そうなってもいい様に、準備を万全にして完璧で臨むんじゃない?」と思っていた。   そんな訳で、この小さな経験が、これまでの私の「石橋を叩いて渡る」や、むしろ「石橋を叩いて壊して、ボートで渡る」という性質から、「行動しながら準備する」、もしくは「完璧でないことも受け入れる」、「その状況を受け入れる」という方向にシフトさせることとなったと思う。(これからどう様々な経験に対し感じ動いていくかを見るのが楽しみだ) 完璧主義と言えば、これもラッセに言われて気が付いたのだが、こんな事があった。 私はお茶が大好きで、新しいお茶を試したり、美味しいお茶を淹れる場所を探すのも同じく大好きなのだが、それが変に高じ過ぎるところがあって、例えば「フレッシュピーチティ」と書かれていてティーバッグだと、しかもそれが高級ホテルのロビーだったりすると「書いてあることと違う、期待して来たのに」と不機嫌になったり、有名店で食事をした際にお茶が美味しくなかったりするとひどくガッカリしていた。(有名店と言っても、珈琲のお店やウィスキーのお店だったりなのだけど笑) そんな様子に、 「ブレーキングバッドのリディアみたいになってるよ!」 「出てきたもので楽しむ、何はともあれ今を楽しむ、という姿勢を身に着けてみたらどうだい?」 とラッセに言われたりしていた。 (ブレーキングバッドのリディアというのは、欧州の複合大企業の幹部の女性で、食に強いこだわりがあり、ファミリーレストランに入っても尚、 オーガニックの飲み物や甘味料を欲し、無ければホットウォーター&レモンを頼む、と言う様な女性) (それを見た時はラッセと一緒に観たのだが、確かに「あるもんで納得したらどう?」と思った気がするが、まさか自分がそうなっているとはと苦笑してしまった) そしてこの瞑想の時にも、そんな自分を見つけて我ながら苦笑してしまった。 朝ごはんと夕方のティータイム(午後以降は基本的に食事は無い。初回者はフルーツがある)ではお茶やミルクティーが出るのだが、 「あぁ、これはあまり良いグレードのお茶では無いな」 「個性のないお茶だなぁ、香りが殆ど無いや」 などと、半ばがっかりとした気持ちでいたのだ。 期待や執着が苦悩を生む、という事を瞑想を通じて習っているのに、瞑想をいざ離れるとすぐに執着していることに気が付き、それに気が付いてからは、お茶の美味しさとか香りとかを気にせず、「お茶」そのもの、また朝ごはんとティータイムと言う時間そのものを楽しむことにフォーカスし始めた。         4日目:   誰とも会話できず、視線を合わせる事も出来ない中でのひそかな楽しみが、ラッセをチラ見すること(瞑想をするホールは男女一緒で、真ん中の仕切りとして引かれた布を隔てて男女共に座っている)と、ご飯時にラッセが考えていることを想像する事だった。 (例えば、ご飯がそんなに好きじゃないラッセ、お昼のダルバートが出てくれば「今頃ラッセは『ご飯かぁ。パンが恋しいなぁ』と思っているんだろうなぁ」と想像したり、ダルバートの盛り合わせでゴーヤーが出てきたときには「今頃ラッセは『あぁ~あ』とへこんでいるんだろうなぁ、表情まで目に浮かぶなぁ」などとラッセの気持ちや表情を想像すること) (でも後で聞いたら、 「そう、ゴーヤーが立て続けに出た時はかなりガッカリしたよ。でも今頃ハルカはゴーヤーが出て喜んでいるだろうなぁ。少なくともハルカが幸せならまぁいいかと思っていたんだ。」とラッセ。想像するにもやはりハルカの一枚上手を言っているなぁ) だけれど、その前日の夜のレクチャーの途中からラッセが部屋を後にし、その日の早朝の瞑想にもラッセが来ていなくて、一体どうしたんだろうと心配していた。 マインドを穏やかにするために瞑想に来ているが、その実常にラッセが私の中にいて、ラッセの事を考えて、いや、文字通り目で追う位で気が気ではなかった。   その後オブザーバーの方から一枚の手紙を受け取った。それはラッセがしたためたもので、瞑想の前々日の泥合戦で怪我した足の傷が腫れて痛むため、病院にチェックをしに行かねばならないが、そうなると瞑想に加われなくなるため、道場を後にするが心配しないでハルカは瞑想に集中してくれ、という事だった。   その手紙を読んだ時の残念な気持ちは、お分り頂けるだろうか。 多分、飼い主がお出かけする際に、一緒に連れて行ってもらえないと分かった時のわんちゃんはこんな気持ちなんじゃないかと思う。     後の日程は、そのラッセが流麗につづった手紙を心のよりどころとして傍に置いておきつつ、瞑想に集中していくこととなる。     … Continue reading

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ヴィパッサナー瞑想① DAY0~2日目

ヴィパッサナー瞑想について最初に耳にしたのは、デンマークに居た時だった。 旅が好きなヒッピーな友人で、12日間の瞑想に行くと聞いたときは、「何か深刻な悩みでもあるの?大丈夫?」と思った事を覚えている。 それからもヴィパッサナーと言う言葉、人生を変える・人生観が変わる瞑想だとたびたび耳にしていたが、ふぅんそうなんだねという程度で、特に強い興味を惹かれはしなかった。 その後ネパール・ポカラに来て、前述の決断と流れがあって、私はお茶の勉強や冒険に発つ一方、ラッセが「これからの人生や自分自身を今一度しっかり見つめたい」という理由から、ヴィパッサナーに申し込むに至った、そんな流れだ。 だから実際のところは、私はヴィパッサナーを受ける予定は無かったし、むしろ「普段の生活・これからの茶の探求冒険の旅路で瞑想的な経験や、瞑想で得られることが得られるんじゃないか」と思っていた位だ。 ただ、その後いろいろと起きてラッセが瞑想に行く数日前までポカラを発つことが出来ず、それでラッセが「ハルカも瞑想に来たら?僕もキャンセル待ちのイチかバチかだから。」と誘ってくれたことが転機となった。 今思えば、ポカラを離れられなかったのも、実際には私がヴィパッサナーに呼ばれていたんじゃないかと思う。     当日キャンセル待ちは4人、女性は2人しか入れないという事だったが、私が下痢で休んでる間に何が起きたのか、5人目として入れることとなり、先生がしきりに「君はラッキーだ、本当に運がいいね」と伝えてくれた。 瞑想は男女分かれて行われ、その間は男女区別なく誰とも、目を合わせてはならず、会話をしてはならず、体のコンタクト(握手も含めて)はいけないというルールなので、男女別の寝所に分かれる前に、受付裏にあるキッチンの裏でこっそりとキスと抱擁をして、お互いの幸運を祈って別れた。     さて、ここからどうやって書こうか悩むところだけれども、出来るだけ時系列に沿って書いていこうと思う。     ・・・・・・・・・・・   0日目~1日目: 一日10時間の瞑想はついて二日目から始まるのだけれども、着いた当日の夜8時からも1時間の瞑想がスタートする。 2~4時の間に受付(キャンセル待ちの人はその際に当日キャンセルが入った枠に入ることになる)が行われ、 5時からティータイム(ライムウォーターと甘いおかゆ)があり、 その後8時まで休憩(この休憩のときまでは会話をしても良い) というのが0日目の流れだ。   0日目から2日目くらいまで、実は本気で 「私には時期尚早過ぎた、体調も悪いし続けられる気がしない」 「座って目を閉じているだけで、人生が変わる・人生観が変わるなんてそんな事あるのだろうか?」 と思っていた。 今言える事は、座って目を閉じて呼吸、のちに体に起きるセンセーションにフォーカスすることで、またそれにリアクションしないことで(座って目を閉じる、それだけ≒瞑想の時は基本体を動かさない)自分のマインドと対峙し続けることとなるのだけれども、それによって個人個人それぞれ、どうゆう訳か自分の色んなことに気が付くことになるのだ。     ただ始まったその時は勿論訳も分からず瞑想しているので、実は「座って目を閉じているだけなんて時間の無駄なんじゃ」とさえ思った瞬間もあった。     こんな感じで、0日目・1日目は普段の暮らし・思考から瞑想に心身入り込むまでの移行期間であった。 そんなだから、0日目に思っていたことと言えば、 「早く下痢止まらないかな」 「はぁっ!女子しかいないだなんて超つまんない!」 「世界が美しく楽しい場所なのは、美しい男たちがいるからだな!」 「女の子しかいなかったらマジでつまらん場所ですな」 「同室の子の『あっは~ん』って声が超耳障りなんですけど!女子しかいないぞ?」 とか、そんないわば雑念ばかりである。 で、今になって思えば、これまでの30年間、いかにその雑念に取りつかれて、「今というこの瞬間を楽しむ」ことや、「集中して考える」と言ったことから遠ざかっていたかという事だ。 この瞑想に申し込んだのは、ラッセが「ハルカも来たら?」と誘ってくれたから気軽に、と書いたけれども、それはただ何となく申し込んだわけではなく、自分でも時折自分で自分を手が付けられない・自分を持て余していると感じる時が多々あって、特にネパールに来てじっくりラッセ&自分と向き合う中で、自分で自分の思考がままならない・きちんと物事が考えられないというか、思考が飛んでしまってどうしようもない、そんな感覚になる事があり、もうこれは自分ではどうしようもない、誰か専門の人に頼るしかないのではと考えていたところだったのだ。     だから、この12日間で、その変移を自分自身で目撃することになるのだが、それはまた少し先の話で。   0~1日目は、ただただもう、女子だけってつまらないな!ラッセが恋しいよー!時期尚早だったのでは…という思考をベースに、数多の思考の嵐に包まれていた。         2日目: … Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来とその間。その⑤

数年前まで時々、結婚したくてたまらなかった。 恋が終わっては絶望的な気持になったりしていた。 (時にはそんな気持ちに浸る余裕も無いほどに荒れた終わりを迎えたこともあれば、終わる前に次の人を見つけてそんな気持ちにならない様にとしていたときもあった)   ラッセと出会って、本当に欲しかったのは結婚という形そのものではなくて、人と深く愛し合うという事そのものであると気が付いた。 これは自動的に自然に起きるものでもなく(きっかけは自然に起きるけれど)、お互いが真摯に心を開いて築き上げていくものだと学んだ。 ずっと愛されたいと思っていたけれど、本当は心底愛したいのだと知った。   ラッセと出会えたことは神様からの素晴らしいギフトだと思うし、ラッセと共に生きて愛し合って来た事は私の人生の誇りだ。         さて、この9千文字に迫る文章をどうやって締めくくったらいいか、今も分からない。 瞑想の経験について書こうと思ったら、やはりこれを書かずにはいられないし、そうでなくとも、自分の真摯な気持ちを、真実のままに綴っておきたかった。       ここに書き記せないほどに、勿論、沢山の事があって、沢山の話をした。   この先デンマークで夏にもう一度再会するが、それ以降はお互いにかなり異なる道を歩むこととなるだろう。 「お互いに、お互いが再び一緒になる事を知っている」と書いたけれど、それがいつなのかは分からない。 1年後か10年後かはたまた来世か、はたまた1か月後か。 どんな形で一緒になるかもわからないけれど、今確かなのは、どこにいても何をしていても、ラッセを愛しているという事だ。         瞑想で学ぶ事は 「この世に永遠のものはなく、常にすべてが変わっている」という事だった。   それはすごく寂しいことに思えた。 実際は多分、全ての生き物が、永遠のものは存在しないと知っているからこそ、だからこそ心のよりどころとなるような永遠に続くものを探し求めたくなるのだろう。   この気持ちも、この愛しているという気持ちも、永遠ではないだろう。 きっとこの先で変わるかもしれない。 でも、今この一瞬、「ラッセへの愛は変わらない」、そう感じていることは確かで、そう思える事・移ろいゆくことも含めて、美しいことだと今は思う。           先に、どう締めくくったらいいか分からないと書いたが、実際には、締めくくりたくないのかもしれない。 それは、この愛を見届けたいという思いがあるからで、この2人の関係がこのままにずっと続いていったら、と私のどこかで思っているからだ。     ラッセの新たなチャプターは昨日始まった。 (フライトが夜だと思っていたので、ゆっくりと名残惜しい気持ちと時間を過ごそうとしていたのだが、ふとお昼にオンラインチェックインをしようと再確認したら午後3時だったことが判明し、それから大慌てで1時間で支度をして旅立ったのだ) (もう既に寂しい、と乗り継ぎのマレーシアの空港からメッセージがあった) 私の新たなチャプターも、もうすぐ始まる。 いや、もう始まっているのかもしれない。       一緒に生きるために、離れる。 … Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来とその間。その④

実は、ラッセは4日目には途中で辞退をして道場を離れていたのだが、ポカラで待ってくれていた。(本当は迎えに来ようとしてくれていたのだけれど、前日に大風邪を引いてホテルで寝込んでいた。←寝込み率高しのラッセどん)       瞑想で感じたことを、全てラッセに伝えた。 ラッセがたびたび私に言っていた言葉の意味が分かったという事 サポートしたい、頼りにしてねと今は言えるという事 瞑想で自分・マインド、心の声がクリアになっても尚、 この選択が正しいと知っていて、心が「it’s time」と告げていて 流れのままになることを知っていてそれを受け入れていても尚、 関係性の名前は関係なく、ラッセを愛している、というそれは変わらないことを知っていても尚、 この先また一緒になる事をお互いが知っていても尚、 それでもやはり どこかで「ずっと一緒にいたい」という気持ちがあるという事 そしてその気持ちに対してラッセがどんな答えをしても、私は大丈夫・受け入れる事が出来るという事 全て伝えた。   そして、それで表面上何かが変わるという事は無かった。 この時にラッセは、友人と共に急きょインドネシアへ行くことを決めたことを知る事になるのだが。 (ラッセはこれまで、家族・一人・彼女と旅をしたことはあるが、男友達と旅をしたことは無く、これがラッセにとってのサインであると感じたそうだ) (ちなみにその友人も、私たちと同じような境遇にあり、私たちのことをよく理解してくれていた。神様が遣わしてくれたみたいだ。 その彼女と私はカトマンズでとても良い深い時間を過ごした。それについてもいつか書こうと思う)       何故なら、さすが双子というか、ラッセもまさに同じく思っていたのだ。 これまでも、別々に出かけた先でばったり出くわしたり、あれが欲しいなと思っていたらまさにそれをラッセが持ってきてくれたり、同じことを考えていたり、という事はあったが、この決断以降如実にそんな事が増えていて、特に同じことを思っている・考えている、相手が何を思っているかが手に取る様にわかるという事がしょっちゅうだった。     だからこそ確信したというか、腑に落ちた。 あぁ、私たちは言うなればライフパートナーなのだと。 相手が何をしようがどこにいようが、心から相手の事・相手の幸せを思い合えると。     不思議な話、いや、不思議でもないのかもしれないけれど、別々に道を歩んでいくと決めてから、心底ラッセを愛しているとよりクリアに感じるし、心配や不安も何もなく、そう、本当に何もなく、ただ愛している。 そして、そうお互いがただクリアにまっすぐに愛しているということをお互いが知っている、という事を当たり前のこととして受け止める様になってきていた。     瞑想を経て、今までの愛の形が広まった、そんな感じだ。 2人の間で循環していた愛が、更にふわりと広がっていくのを感じている。       ラッセがインドネシアに旅立つ前々日は、それでも寂しくて、その寂しさがネガティブを招いて大泣きしてしまったが、それも過ぎ去る事を知っていて、過ぎ去った後にそこにいつもあるのは変わらない愛とこれからの未来を楽しみにしている自分と、同じくラッセが感じていることを知っているという安心感だった。           不思議なことと言えば、私はこれまで子供が欲しい・産みたいと思った事が無いし、子育ては更にしたいとは思った事がなかった。 (や、一度だけ、デンマーク人のジンジャーの友人に対して強烈に「この素晴らしい遺伝子を次世代に継がなければ!」という強迫観念の様なものが湧いてきたことはあるが。) (ジンジャーの人たちは隔世遺伝でしか生まれないそうで、彼はとても美しくて賢い人なので、「この遺伝子を途絶えさせるのは人類にとってものすごく大きな損失になる」と思ったの・笑) (「精子バンクに君の遺伝子を売って、そのお金で世界中を旅しまくって、北欧やロシアなど君の遺伝子がそのままに残りやすい人種の子たちを中心に、子供を作りまくって出来るだけたくさん遺伝子を残しなさい!君の遺伝子は人類の美と繁栄で、を残さない事は人類の危機よ!もし君が35歳までに子供が一人もいなかったら、私が君を誘拐して君の遺伝子を次世代に残すわ!」と、そんな感じの人) (でもそれは、本当に純粋に「この人の遺伝子は残さなくてはならない」と思ったの) … Continue reading

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これまでと、これから。過去と未来とその間。その③

・・・ヴィパッサナー瞑想は、私が茶の勉強のためカトマンズでインターン、そしてインドへ行くことを決めた一方、「人生について自分について、真実に見つめ考えてみたい」とラッセが決めたことだったのだが、結果として本当にヴィパッサナーに呼ばれていたのは私だったのかもしれない。 ポカラで色んな事が起こりカトマンズへ発てなくなってしまい、瞑想が始める数日前にふと「ハルカも瞑想に来たら?」とラッセが私に言ったときに、「あ、これはサインだ」と思ったのだ。   人生に起きる事を注意深く見ているとき、人生の前兆・標識と言えるようなサインを見かける事となると思うのだが、特にこの「巣立ち(この時点でそう2人で考えていた)」を決めて以降はそのサインに溢れていた様に思う。 なぜカトマンズに戻れずポカラにずっととどまる事になっているのか。 ラッセと深くこれまでやこれからも見つめる時間である、という事ともだが、 「あ、これに呼ばれていたのだ」とどこかしっくり来た。       ヴィパッサナー瞑想は、あらかじめの予約が必須で、ラッセが4週間前にネパールの4か所の道場に申し込んで全て断られてしまったのだが、「当日キャンセルがあったら入れるかもしれないから、当日来てみて下さい」との聞き、イチかバチか当日のドタ参加にかけていたのだ。 その時点では私はポカラの道場には申し込んでいなくて、通常定員に達すると申し込みページにアクセス出来なくなるのだが、なぜかポカラの道場は前日もオープンのままだったので、そこで申し込みを済ませ、ラッセと共に向かうことにした。       緊張からだろうか、前日夜から下痢が止まらなくて、当日は更に体調も悪くなって、申し込みもしていないのに先生の部屋で休ませてもらっていた。 その日から12日間、目を合わせる事・会話する事・体に触れる事も出来ないとあって、キャンセル待ちをしている間、ラッセがかいがいしくお世話をしてくれたのが嬉しかった。 (や、そうじゃなくても具合が悪いときはいつもお世話をしてくれていたのだけれど。) しばらく眠った後にラッセが呼んでくれて、2人とも参加できることとなった。 ラッセが手続きを観ている時にはキャンセル待ちは4人しかなく、女性は誰かが入れなくなる様だったが、どういうことか5人目として入れることとなったのだ。   男女別で分かれる前に、キッチンの裏でこっそりとキスをして、お互いに励まし合って寝所へと向かった。     ・・・さて、ここから先ヴィパッサナー瞑想がどんなものであったかを続けて書きたい気もするが、その詳細はまた別の記事に譲るとして、ヴィパッサナーで私が感じた2人の事について書こうと思う。       レクチャーの時間に聞いた話で、この瞑想を続けていると「最も愛しているのは自分自身のことであり、自分以外誰のことも愛していない」という事に気が付くのだという。 でも私は逆で、自分がどれだけラッセのことを(そしてラッセを通して自分自身の事を)愛しているかに気が付いた。 今までラッセの事を男として、人間として愛しているという気持ちの一方、どこか独り占めしたいという気持ちもあった。 お互いにもし好きな人が出来たら、隠さずそれについて伝え合おう、それからどうしたらいいか二人で決めて行けばいい、という言わばオープンリレーションシップの形をとっていたが、本当にそうなる事は無かった。 それはどこかで、特にラッセが、もしそうなったら私が悲しむことを知っていたからでもあるし、私が、そうなったらこの関係は終わるだろうとラッセに伝える前に恐れて言わないでいたところがあったからだ。   だけれど、この瞑想を経て気が付いたのだ。 ラッセが誰を愛していても、それで私のラッセへの愛が消える事は無く、私のラッセへの愛は変わらないという事に。 誰かの事を愛するラッセも、それを含めて愛しているだろうという事に。 ラッセがどこで何をしようと、ラッセを愛しているという事に。   それに気が付いたとき、ふと心が澄み渡り軽くなったと同時に、涙が流れた。       これまで、何かある度に私は「リレーションシップはサポートし合うものじゃない?」と言って来ていたが、実際はラッセが私をサポートしてきていることが多かったし、私が「君を支えるし、頼りにしてね、助けるよ」とラッセに伝えたことは、覚えている限りでは無い。 それは、私は誰かを支えたり助ける事なんてできない、そうできる程私は強くも頼りがいもないと自分に対して思っていたからだ。 だけれど、この瞑想を通して 「ラッセをサポートしたい。頼りにしてね、必要な時に力になるから」と思いが沸き上がって来た。     と同時に、先のこの2人の関係性のことが浮かび上がってきた。         Continue reading