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2つのお茶の祭典のあとがき

<2つのお茶の祭典のあとがき> ①. 入場の際に列が出来る程にぎわっていたシングルオリジンティーフェスティバルと地球にやさしい中国茶交流会。 そこかしこでとってもマニアックな会話がなされていて、やはり日本はお茶愛好家がとっても多いのだなぁと実感♡ ②. 最低1日3回は必ずお茶を飲む家庭で育ったので、歯磨きをするみたいにお茶を飲むことが当たり前でしたが、それでも私の中でお茶に対する先入観みたいなものがあったのを実感! 例えば、 「アッサムのお茶はどうも私には濃い」とか 「セイロン、ウバ、ヌワラエリヤ… スリランカのお茶はどうも 私の味のヒットスポットに微妙に合わない」 など。 こういった先入観があったから、それらの産地のお茶はこれまであまり試そうとしてこなかったの。 で! それは単に私が美味しいお茶に出会っていなかっただけの事でした。 お茶好きの私ですらこうなのだから、美味しく淹れられたお茶を飲む機会って、本当に大切だし貴重だなぁ~と思いました‼ お茶と一口に言っても、本当に様々。 美味しいお茶に触れたら「もっと知りたい!」って自然になるじゃない? でも、自ら出向くでもなければ、本当に美味しいお茶を頂く場所・機会ってあまり無いんじゃないかな。 と! いう事で、 お茶愛好家友達を増やすべく、 ひそかに地道に、美味しいお茶を淹れ そんな時間を共有していこうと思いました♡ これからはアッサム紅茶ももっと味わってみよう♫ ③. 私の欧州人の友達の多くはベジタリアン、もしくはヴィーガンであり、オーガニックやフェアトレードへの意識が高い。 意識が高い、と書いたけれど、これは日本人的な視点から見たら、というだけで、欧州の都市部の人たちは特に、オーガニックで環境に配慮されたものや、フェアトレードのものを選ぶという事が当たり前になって来ている。 人たち、というより、都市そのものがそうなりつつある。 数年したら、デンマークではもはやオーガニックではないもの、エコロジカルでは無いものはかなりマイナーな存在になっているんじゃないかな? で。 そんな友人たちは味覚も繊細だなと感じる。 ベジタリアン・ヴィーガンの友達はアルコールやたばこは極力摂取せず、お茶を好む傾向にあり、ダージリンのファーストフラッシュや、白茶シルバーニードルと言った、野菜や果物をメインとしたヴィーガンフードに合わせやすい、柔らかく明るい味わいのお茶を好む印象がある。 そして勿論、お茶もオーガニックで、ね! ヴィーガン・ベジタリアンといった食生活、またマインドフルネスな生き方が更に浸透するにつれ、オーガニックのお茶、特に白茶や緑茶で繊細な味わいのものが注目を浴びだすのではないかと思う。 ④. とは言え、欧州は珈琲党員が何と言っても多いし、お茶と言えば濃い~紅茶をイメージする人が多い。 ラプサンスーチョンを淹れたりすると、男性陣からの人気が高くて、こんな渋い香りや味わいが好まれるのかと驚いた記憶がある。 そこで見つけたこちら・ウィスキー樽のチップを燻製時に使用した日本初の燻製茶など、欧州都市部の男性やヒップな世代には、すっごく受けがよさそうだなと思った! 燻製茶は、「お茶」のカテゴリでなく、それ別個のカテゴリが、コペンやベルリンなどの都市で成立しそうだなぁと妄想を膨らました次第。 →カネロク松本園さん http://kaneroku-matsumotoen.com/smoked-tea.html ⑤. お茶愛好家の友達が増えたらいいなと思う。 どうしたらお茶に関心が持たれるだろう、お茶を飲んでもらえるだろう、と思ったら、やはり手軽に飲めるのがいいのかな? そんなことを思っていたら、素敵なお茶屋さんを発見! 銀座の工芸茶専門店Croesus →http://www.mercure.jp/ 工芸茶というのはお湯に入れるとお茶玉が開いて 茶葉と共に中から美しい花々が姿を現す花茶。 これなら茶器が無くても頂くことが出来るし、 見た目にも可愛くて、ほっとゆるみながら 味わう事が出来るよね♪ 「ほっとひといきついてね♡」と 顔を思い浮かべながら女友達にプレゼントしたくなるお茶♡ こうゆうお茶、年齢国籍関係無く、女性って大好きだよねぇ💗 … Continue reading

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人を好きになるという気持ち

フランス人は日本の不倫叩きがフシギだ 浦島太郎を実感することのひとつがこれ! デンマークではオープンリレーションシップのカップルによく会ったりします。 当人同士が話し合えばいいんじゃない? 人間だもの、恋のひとつやふたつするわいな。 多分、バッシングする人たちは、すっごく寂しいんだろうなー! ちょっとだけ気持ちが分からなくもない! ハルカもね、ラッセがインドの女の子にムフムフしてた時、「私の方が美人で可愛いじゃん!か弱きハルカをほっぽっとて何たるざまなの!」ってメッチャ腹立ったし、構ってもらえないのに八つ当たりしてコンピュータを雨の中投げ出したこともある(←勿論壊れた。バッシングしてる人たちの事言えねぇ!) で、ラッセと話し合って分かったのが、インドの女の子はダミーで、ラッセが私に愛を注いでくれてない・構ってくれないのが、寂しいのが嫌だったんだよね。更に言えばそれすらダミーで、ラッセばかり見ていて自分で自分の気持ちを蔑ろにしてた・自分が自分を大切にしてなかったし信じてなかった。 それなのに/それだから、誰かに愛してもらうこと・信じてもらうことが必要って思ってたんだよね。 怖かったんだよね、自分を愛してくれる人がいなくなっちゃう、みたいな。 (あとね、パートナーがいるのに、誰かに恋しちゃ駄目だって思ってたの。や、恋してもそこに踏み込んじゃいけない、そしたらラッセを傷つけるかもしれないし、この関係が破綻しちゃう!って思って怖がってた。) (でも恋多きハルカちゃん・というかイケメンに弱いハルカちゃん。ラッセに恐る恐る伝えたら、 「なんだー!僕の事気にしてたの?好きなら仕方ないじゃん!やりたい様にやったらいいのに!」、 「僕に気遣って悶々してるハルカよりも、僕は思いのままに生きてるハルカが見たいし、そんなハルカの方が魅力的だと思うな!」 ってあっけらかんとした回答。) で、色々と時を経て、今は大分、自分で自分の色々な事を許しているというか、自分に対して「まぁいいんじゃない♫」って思えるようになったし、自分の欲や望みに対して忠実になった。(そして恋人ができた。) そしたら、恋人が誰か別の人の事も好きなのも、当たり前に受け止められる様になったんだ。 むしろ、恋人が相手の事を、すっごく大事に受け止めているのを見て、嬉しいなって思うの。 (ユリアの事すごく大事にしてるんだね、と言ったら、 僕、ハルカの事もとても大事にしているよ、とてもね。と。) 自分で自分を大切にしていると、相手も想像を超える様な位に自分を大切にしてくれるし、 相手が大切にしていることも、自分のことみたく大切だなって思えるようになってくる。 というか、 相手の自分への愛に、自分の相手への愛に自信があるから、誰の事を好きになっても構わないって思えるんだと思う。 うーん何が書きたいのか分からなくなってしまった笑! 自分の中で何かへのジャッジやバッシングで苦しい(とは感じないのかもしれないけど)人は、そのジャッジの対象はダミーで、自分と向き合って・もっと自分を見て・自分を信じてという、自分自身からメッセージと思って、 自分の寂しい気持ちを受け止めて、自分にまるっとオーケーを出せる様になっていったら、生き易くなるんじゃないかな~と思った次第!!! Continue reading

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エコな暮らし・都市と地方・沿岸の猿理論

 私が今回の滞在で行ったエコヴィレッジは十数年前に始まったところだったのだけれど、当時は「クリスチャニアみたいになるんちゃうか?!」と自治体や近隣住民からの中々認可を得たりのプロセスが大変だったそうな。 が、今やデンマーク国内でも着目を浴びているどころかブームとなり、同じくエコな暮らしをしたい・コミュニティを作りたいという個人のみならず、新しくビジネスと結び付けて何か商業的に出来ないかと打診をしてくる組織もある位なのだそう。 だし、こういったエコヴィレッジも続々出来ているし、エコヴィレッジほどまで組織化されていない/大規模ではない場所やコミュニティに至っては、雨後の筍の様に出来ているそうな!実際ラッセどんたちもそうだしね! 時代が変われば人の意識も変わりますな!   仲良しの友達がしているビジネスのひとつが環境保護推進活動に関わる事なのだけれど、それで面白いなと思ったのが、「地方が熱い≒新しい事に即座に快く”いいね、ではやってみましょう”とレスポンスするのは大抵地方で活躍する企業」なのだそうな。 自然に関わる事≒元々その中で生きている・なじみのある企業の人たちだからかもしれないけれど、そのレスポンスの歯切れの良さや決断の速さに、ずっと首都でビジネスをしてきた彼は驚いているのだとか。 国が違うから、首都と地方と言っても全く異なるのかもしれないけれど、私は「沿岸の猿理論(←というのだっけ?同じことが数度起きるとそれは全く関係無い違う場所でも起きている、というやつ)」は、これにも当てはまるんじゃないかなと思っていて、 ここは地方に入る部類と思うけれど、自然が豊かな場所柄だからこそ、エコな暮らしや新しい事に対しても「まぁ、やってみたらいいじゃないですか♫」ってオープンで前向きあったり、関心が集まりやすいんじゃないかなと思ってる♫ という訳で、千葉をデンマークにするのだ! Continue reading

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じゃじゃ馬馴らし。ふと思った事。

ふと思ったんだけど、 欧米圏だけか分からんけど、 男の子って、じゃじゃ馬ッ子が好きなんだなぁ~って思った!     「あの子、めちゃくちゃだよね!」とか 「無茶するなぁ!」と言う様な子とか 「何をするか分からない、ミステリアスだなぁ」という子とか 要するにほっとけない子。       ほっとけない、という意味では 「俺が手を差し伸べてあげないと、、、」って思わさせるような ナイーブさを持ち合わせている子もそうだし、 周りを巻き込むパワフルでアクティブな子も。     要するに、 「この子のためなら」って 男の子の騎士精神に火をつけちゃう様な子。         という事を、ふと、 ノルディックボーイズやヨーロピアンボーイズたちと過ごしていて思ったのでした。         (ちなみに私は「ムーラン/ポカホンタスみたい」って言われるよ) (見た目似てるだけじゃなくて?と思ったけど) (アクティブなところが似ているそうな) (私は彼女たちの様な義侠心は持ち合わせてないが!) (どこまでも自己中心だよ・笑) Continue reading

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英語が話せる様になるには?ハルカの場合②。

その①でも、私の英語はその場その場で身に着けてきたファイティングエンケレセで、もはやハルカングリッシュであると書きましたが、そんな一例を本文に入る前に紹介。 英語を大人になってから学習している人は、映画の主人公の様な美しい英語、 特に英国のクイーンズイングリッシュに憧れる人は多いのではないでしょうか? かく言う私も、ダウントンアビーやクラウンで貴族たちや女王が話すような英語に憧れるし、 ヴぇネディクトカンバーバッチの様なセクシーで上品な英語に非っぅっ常に!!!憧れる訳です。 (正確には、気品ある色気たっぷりなベネ様に憧れている・笑)   でも、実際には例えば私が 「やだーー! 超楽しいーー!!ハピネーーース!!がはは!」と言うと 友達が 「Haaahh!!!  It’s sooo fuuunn!!! HAAAPPIINEESUUU!!! 」と 私の発音を真似て 「ハルカの発音、イイ! 大好きだーー!!」と大爆笑したり、 もうある意味、 この発音やハルカングリッシュが 私のアイデンティティとなっています。笑 (↑この友人の私の発音の真似の仕方が超面白いから、今度録画したい・笑) で、結構、 アクセントがアイデンティティ、と思っている 非英語圏の人たちって多いのです。   例えばデンマーク人の友人たちは、 同じくアメリカンイングリッシュや英国のアクセントに憧れたけれど、 アクセント自体が生きている≒その人自身を表すことを感じて 今はデンマーク人の話す英語特有のアクセントを気に入っているそう。   逆に、ロサンゼルスとロンドンで長い事仕事をしているドイツ人の友人は ニュートラルな英語(イギリスよりなのかな)を話すのだけど、 自分がドイツアクセントを失ってしまった事を惜しく思っているそう。     そんな訳で、発音が完璧じゃなくても、大丈夫! 自信を持って英語で話してみましょう☆!!!     ・・・・・・・   ②社会人時代   社会人になってからは、英語を話す機会・外国人と友達になる機会を自ら探して赴きました。   国際交流のイベント、パーティやボランティアに参加すると 日本に在住している外国人と出会う事が出来、 そういった人たちはたいてい、日本語も話せる人が殆どなので、 ここでもやはり、英語と日本語を使って交流を図っていました。   また、日常生活から、外国人・英語や異文化と触れ合っていたいなと思い、 シェアハウスに主に暮らしてきました。 日本人が多めのところ、日本語を話せる外国人が多いところ、 外国人が多いところなど、探すと様々にあり、 … Continue reading

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英語が話せる様になるには?ハルカの場合①。

どうやって英語が話せる様になったのですか、どうやって英語を勉強したのですか、と 聞かれること、そういえば結構あるので、私が英語を話せる様になるまでをザクっとまとめてみました。   まず、私の英語は、シンガポールのシングリッシュ、インドのイングリッシュ、もしくはDJのショーン・ポールのショーングリッシュの様な、独自の発展を遂げた「ハルカングリシュ」であることを先に明記しておきます(笑) (もう自分で新しい単語を勝手に作って「こういう意味やねん。覚えといてや!」と言ってますから…..笑)   海外留学して英語を土台からがっちり矯正したと言う様な、王道な道をたどって英語を習得したのではなく、話せないけど英語を話さざるを得なかった・英語話者の友人や恋人がいた・英語が常に行き交う環境にいた・日常の様々を英語で過ごせる環境にした、と言う様な、 「ファイティング・エンケレセ」≒その場その場で実際に使いながら身に着けてきた割合が大きい気がします。   なので、今全然英語が話せん、英語が聞き取れん、読めん・・・・ 自分には言語習得は向いてないんじゃないか、 そもそも「勉強」とか嫌や・・・ という人。   安心して下さい、あなたも多分きっと話せる様になりますから。 という事で、全く聞き取れん!というところから、今に至るまでを ダイジェスト気味に書いていきます。 &これは効果があったな、こうゆう勉強をした(取り組みをした)というものを 紹介していきます。     ・・・・・・・   ①学生時代~   多分ね! 基礎力って結構大事だと思います。 「英語全然話せへんねん!」という人でも、 海外に出てきたら話さざるを得ない≒知っている知識総動員する事になるのですが、 その際に、 高校の受験時代や大学時代に英語をめっちゃ勉強した、と言う様な人は 口から英語が出てくるのが/思い出すのが割と早い印象を受けます。   高校時代、国立大学や難関私立大学に行きたい人向けのクラスで 割とみっちり英語を学習したことや、 大学時代の学科も、ネイティブの先生との授業からアカデミックイングリッシュまで 毎日英語を学習する学科だったため、 その時に学習したことは土台になっているなぁと感じます。   ・・・・・・・   私的に、学生時代に勉強したことで役に立ったと感じる勉強法は、 「シャドーイング」。 英語の文章を、ネイティブスピーカーが読む速度に合わせて自分も声に出して読む、 というものなのですが、 これによって、文章を読む速度も上がり、英語目が育ったこと、 また、書かれた文字や文章と実際の発音・聞こえ方の違いなどを 耳・目・口から理解する事が出来ます。   え、高校や大学で別に英語の勉強そんなしてないし。 そもそも英語超苦手だったしと言う人も、 中学までは勉強しましたよね? 私的には!、 中学校で習った基礎的な文法が抑えられていれば 後は実践で・耳で聞いて・目で読んで・口で話していく事で … Continue reading

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ジャッジが速い≒平面的に幅広くの欧州と、段階的にジャッジ≒フォーカスし深めるの日本&欧米圏でも「カワイイは正義」だった!≒自分に自由を与えている人は、どんな人物・どんな存在も慈しむことが出来る

一緒にいる人、場所、空間、また自分自身の体調やその時に頭に一杯になってることとかによって、自分のテンションや行動って変わってくるじゃない? 少なくとも私はそうで、自分で認識できる範囲でも、めちゃくちゃテンション高くて社交的・外向的で、誰とでもフレンドリーに話したり、行動・態度自体もアクティブで大胆な時もあれば、 借りてきた猫みたいにおしとやかにおしゃまにしているとき、声のトーンや話し方も違くなったりする時もあったり、 はたまた、文字通りどこかの空間に引きこもったり、自分の”世界”に籠って、自分が体験したことや想いを咀嚼し消化する・もしくは自分の体内に心内にダウンロードするスーパー内向的な時もあって、そんなときは静かだし人とも最低限しか話さなかったり、要するに、色んな自分が存在するじゃない?     ・・・ラッセと居る時にラッセに対して「ねぇ、何でそう思うの?」って思った事や、旅の最中旅人たちと話をしながら「ん?そんなことも無くない?」って思った事、 また最近私が人から言われること~人によって全く正反対の”ハルカ”像~を通して、 「あ!もしや!」 と思ったの。 何かの物事・人の判断に際して、欧米圏では割とかなり初期の段階で、その人の目に見える部分だけで判断することが多い! これはつまり、 「何でこの人はこの態度なんだろう?」 「この人はこんな人なのかな?(≠断定的で、他の可能性を含めた視点が含まれない)」 「他に理由は考えられるかな、他の見方は出来るかな?」 と、 物事に対してあまり、深入りして見たり・考えたり、というのを 日本人が物事や人に対して見るみたいには見ない、という事! 何かの物事が起きたり、人に出会ったら、その時点で「その人の視点でもって見える」出来る限りの情報や考えられうる要素を洗い出して、素早く判断する、そんな感じ。     だから、割と表面的な理解や視点で、物事をジャッジする人が多い様に感じるし、 一旦「これはこうゆう事だ」、「この人はこうゆう人だ」と その人の中でジャッジがなされたら、 そこから意見を変えよう、もしくは「他の見方は出来るかな?」と 一歩踏み込もうとする人・思考や判断に余裕や隙間を持たせる人は少ない様に思う。 これは、批判とかじゃなくて、 「何だろう、このもやもや感・・・」って ずっと思ってたことで、 「あぁ、こうゆう違いなのかな!」という 違いに気が付いた、という話ね! で、話を戻して、 これは出来事や人へのジャッジだけじゃなくて 色んな事においてそうで、 例えば転職するスパンがすっごい短かったりするのも 日本人だったら多分、 「もう少しこんな工夫が出来るんじゃないか」とか 「もう少し続けてみたら、違った感じ方が出来て、違った仕事の仕方が出来るんじゃないか」 みたいな風に ひとつの事に対して、割と自分の意識・考え・行動をフォーカスして 且つ余裕や隙間を持たせながらも、下に深める、みたいな傾向があるんじゃないかなと思うの。 これって、日本の国民性というか、日本人ならではの考え方や態度なのかな? 対して欧米圏では、常に幅広く視野を持って居て 1つの事に対して、一気にフォーカスして、 ある一定のポイントで (←ここが決定的にあるのだけれど、そのポイントの理由が何かはまだよく分からない) (←自身の中の疑問点や、”ここが知りたい”というものに対する答えが集まった時かな?) そこから止めるか、もしくは深めるを決める、みたいな。 (これも、”深める”というより、”切り替える”という感覚なのでは無いかと思う。ここからこのステージ、みたいにひとつひとつ深さや広さが決まっている)   ・・・・で、更に言えば、 そんな風に、ジャッジメンタルな人って、 欧米社会が求めるもの像的な人≒外向的で社交力があり、行動力・実現力がある~や、 それに合わせようと頑張って来ている人たちが多いのかなと思う! 何だろう、日本的に言えば心屋さんの「前者的(←スーパー前者、ではなくて、)」な人というのかな? … Continue reading