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この世はミュージアム。生と死とお金等々色んなことを思ったパシュパティナート

[この世はミュージアム。生と死とその他とお金について思ったヒンドゥー寺院]

火葬場のあるお寺パシュパティナートへいってきました。

火葬の匂いと共に友人の香水の香り
天国へ上る火を見つめる先に繰り返し空へ舞い上がっていく飛行機
浄化の儀式が死の側で行われ悲しみのすすり泣きが響いていて、その対岸の生の側で、彼らの目の前で子供たちが楽し気に川に飛び込みをしている

スピリチュアルな気持や言葉にできない思いと、絶えず話しかけてくる物売り達の威勢の良い声

数時間の滞在で沢山の経験をしました。

火葬しているすぐ横でお子達が川に飛び込みをして遊んでいるのにびっくりしていたらガイドさんが言った言葉が何だか心に残ります。

「悼む気持ちに支配されなくてもいい。死もあれば生があり、楽しみや喜びも同じように存在している。この世はミュージアムの様なもので、死もその一つにすぎない。」

毎年行われている冬のカーリー神のお祭りでの人間のいけにえの話や(びっくりしちゃった!!!)、ヒンドゥー教のお葬式・死生観について、ヒンドゥー教の結婚について(基本親同士が決める。自由恋愛で結婚などは少なく、それで家族が反対の場合は一生文字通りお家に帰れなかったりするらしい)など、色々教えてもらって、めちゃくちゃ濃い寺院滞在でした。

 
ホーリーのお祭りの後で眠っているだけの様にみえる安らかな顔。
その場では色んな思いが沸き上がって言葉にならなかったことを、帰って来てから、そこですれ違った幾つかの光景について話して。

生と死はそんなに隔たりが無いのかもな、死が特別なことでもなく、生きていることが特別なことでもなく、行ったり来たり・寝たり起きたりしている。
命の営みにとって普通のこと。
勿論、きっと身近な大好きな人が天国へ召されたら、とんでもなく悲しみと涙にくれるだろうけれど、何だろう、何かが腑に落ちたというか納得したというか、そんな感覚がしました。

 

 

短時間で色んな経験をしたけれど、最も自分にとって濃かったのは、サドゥー(放浪の修行僧)と写真を撮ったときでした。
「もしスーパーリッチになったら何がしたい?」という質問、一生に少なくとも1度はし合ったりすると思うけど、「これまでお世話になった人、助けてくれた人、大好きな友達を『私が全部出すから何も気にしないで』と言って素晴らしい旅やパーティや経験、ご飯に誘いたい」~恩返しと最高なサプライズをしたいなと思っていて。
あ、でも別にそれ今から出来るな、よし、これから友達やお世話になった人をご飯に招待したり、自分が出来るところからしていこう、やん、友達をご飯に誘うの楽しみ♬、と思っていたのですが。

サドゥーと写真を撮ったその瞬間に「千円やで~千円やで~、あんた、ワタシに千円払うんやで~」と耳元で囁かれて、その瞬間に「え?写真1枚で千円?!どこぞのアイドルと写真撮るより高くない?500円じゃだめ?」とか出し渋っちゃってる私が居たわけです。

(ラッセどんがその間に2千円出してくれた)
(ちなみに暑さで朦朧としていたラッセどん、「考える力がなくなってたのさ」と、今日は言われるがままにお寺の色んな人にお金をあげてた・笑)

 

で、あとで落ち着いて考えたら、サドゥーは何も持たずその足でインドやネパールを歩いて生活し、その身ひとつだけで生きている「生きた神様」で、神様に対して「千円高くね?!」とか、私すっげーみみっちぃな!と思って自分が恥ずかしくなってしまって。
ん?彼が神様だから恥ずかしいだなんて、あれ、なんかおかしいなと思って、ふと考えて。

 

彼が神様だからとか関係無くない?サドゥーは自分の身一つで生きている≒つまりは一人では生きているのではない、むしろ沢山の人に助けられ生きているという事だし、それって全ての人がそうじゃんね?と思ったら、生きてる人間みんな生き神様という事だし、というか生き神様が何とか云々とか関係無くない?!

払いたい人に払う、価値のあるものに払う、というのが当然のこととして生きてきたけれど、対象が何とか、理由が何とか違いはない・全部一緒だな!と思ったのでした。

なんだろう、うまく説明できないのだけれど、世界中の皆それぞれ今こうして生きている間だけこの世に存在してて、富の有無や暮らしの違い・価値観の違いなどいろいろあるけど、皆とりあえず人間という事に違いないし、とゆうかなんかどーでもいいや・うーん、何というのかな、なんとなく挙げたいからお金をあげるのもありだな!と思ったのでした!

 

(とか言っておきながら、お寺で色々払いすぎて二人して手持ちのお金が無くなって、友達にタクシー代からランチ代まで出してもらったのだけど・苦笑
結局”何も持たない”、いや、持ってないのは自分たちかーい、という・苦笑)

(という訳でラッセどんにおこずかい(謎)を突如あげたのでした)

(勿論、払いたい人・応援したい人に払うことや、価値のあるものに払うというのも、大事なことだなぁと思う)

という訳で、これまでの宵越しの金は持タネぇな江戸っ子魂for主に自分、が、
forエブリワンにリニューアルされたお寺訪問でした。

という訳pt.2,で私のお友達たちへ!
これからランチやディナーのお誘いしまくるので、一緒に楽しい時間を過ごそうね♡その時は超お腹を空かせておいてね!

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