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ランタントレッキング⑤/5日目キャンジンゴンパ~キャンジン・リー&キャンジンゴンパ~リムチェ

「5日目:キャンジンゴンパ~キャンジンリー&キャンジンゴンパ~リムチェ」

 

 

お昼前につき、高所順応のためにゆるゆると過ごしていたのは、今日3850mから更に、夜明け前から3時間かけて約4600mまで一気に登るからです!

 

眠りにつく前に外に出た際の夜空の美しさといったら!
三日月が凛と光を放ち、オリオン座が私たちの下に輝き、木星がキラキラと明滅し、数年ぶりにみた北斗七星は大きく輝いて見え、一同夜空の下で立ち尽くしてしまいました。

 

 
この日は朝の3時に起きて、体をほぐし、お手洗いにいき、体を軽くやわらかにして万全のコンディションで向かうことに!この4日間シンプルな食べ物、体を毎日動かし規則正しいリズムだったからか、この日はこれまででベストコンディションでした。
ピークへはホテルで出会ったドイツ人の子たちと彼らの山岳ガイドさん、そして私たちで行くことに。
キャンジンゴンパの村の北側の山の斜面を登っていきました。昨日の雪の影響で、十数分急こう配を登り始めるとすぐ、一面は雪になり、一歩踏みしめて、そして一歩踏みしめて、と一歩踏み出すのも命がかかっているのを実感しながら進みました。

 

富士山に登った際には、「世界遺産で『富士登山』と軽やかに謳っているけれど、めちゃくちゃキツイじゃないか!」とそのキツさに怒っていたのですが(笑)、あまりにもキツイと、一歩に命がかかっていると、その急こう配や足元の危なさに怒りが湧く、と言うことはなく、全神経・全思考・すべてがただただ、その1歩を踏み出すことに集中するのだと感じました。

 

 

初めてのトレッキングで知った様な事を言うのは少しだけ気が引けますが、一歩踏み出し、そしてまた一歩を踏み出す間のそのほんの一瞬の、音も時間も思考も何も無い「無」の瞬間が、これもまた言葉に表せないのですが、すごくすがすがしく気持ちいい瞬間でした。 集中と弛緩が同時に存在しているこの瞬間を日常に取り入れられたら、日常が更に鮮やかに感じるのではないかなと思います。

 

 

 

 

さて、このキャンジンリーのピークへの登頂は、ドイツ人の子たちのガイドさんを含めて7人で行きました。彼らのガイドさんは、多くの登山隊チームとトレーニングをし、ゆくゆくは登山ガイドになりたいのだそうで、山についての知識も豊富な方でした。

その彼が、およそ4300mほどまで来た時点で、「これ以上進むのは危ない」という判断をし、皆で話し合い、下山することとなりました。

 

最高4600m近くまで初心者が一気に3時間で登るのだから、高所順応はもちろん、体調だけは万全にしておきたい、と準備をしていたのですが(後で「完璧を求める日本人メンタリティ」と笑われましたが、いやいや!5000mの山々だぞ?と反論)、驚いたのは他のメンバーは「行くと決めたら何が何でも行く=頭痛や歯痛や腹痛、不十分な装備でも行けるところまで行く」というスタンスだったことです。

 

 
彼が下山を決めたのは、
・登頂するための道が完全に雪で埋まってしまっていること(←彼は覚えていますが、私たちにとっては踏み外すと危険)
・ピークは風を遮るところがなく、非常に風が強く吹くため、もしピークまで到達してその冷たい風によって体調を崩した場合、戻ってこれなくなる/非常に困難になる。
・今の時点でかなり冷えているため、手袋/靴下の下で凍傷の症状が出ていても気が付かず、もしそうなったら戻ってくるのが困難になる
・このままいくと肺をやられる可能性が高く、すると身動きがとれなくなる可能性が高い

という理由でした。

 
いやいやいや!トレッキングでこんなこと起きるんかいな!
積雪が無く、またもう少し気温が高ければ問題なく行けるそうですが、何にしても積雪が多く、また昨日から気温がぐんと下がり、風も出ているため、初心者集団・しかも体調不良や不十分な装備ではかなりの可能性でピークに行く前に問題が起きるだろう、と言う事でした。

 

 

それでもメンバーたちの数人は「どうにかいけないのか?」との事でしたが、ガイドさんの
「もし熟練の登山家たちであれば、ここから先は絶対行かない」、

「もし本当に行きたいのなら、自分の責任で行って下さい。僕は行きません。
そして行くのなら、10m進んで、自分の体調はどうか、更に10m進んでどう感じるかと、ゆっくり慎重に進んでください。」

「登山家はとても慎重で、あらゆる側面から今の状況と今後の予測を分析して、一瞬委瞬の行動を決めます。5m進んで後退することもあるし、一日に10mしか進まない、と言う事もあります。それ位高地順応と環境の見極めは重要で、命がかかっていることなのです」
という言葉で、皆で下山を決めました。

 

そこで今来た道を引き返すために振り返ったときの、陽がさし、オレンジに輝きだした山々の神々しい美しさといったら!
見つめる瞬間はまるで時間が止まったかの様。
いえ、時間が存在しないのかも。永遠の中に存在している、そんな感覚でした。

 

 

トレッキングの途中、“私は海の町に生まれて、海は好きだがあまり山に対して印象は無かった、けどランタンに来て山の美しさに気が付いた、山が大好きになった”と話していた際にラッセが、
「何を美しいと思うか、好きになるかは、人の感性次第。海も山もそこに存在しているだけで、そこに何を見るか・人間ひとりひとりがそこに思いを込めるから、美しさを見出すのだ」
と言っていたのですが、
あぁ、まさにその通りだなぁ、ヒマラヤは何億年もただここにこうして存在しているだけで、何億年もこうして朝陽を浴び、夕闇に包まれ、夜空を抱き続けてきたのだ、ただ存在するという至極シンプルなことの、途方もない美しさに、改めて心が震えて涙が出そうでした。

ほんのほんのほーーーんの数ミリ位だけ、登山家の人たちがなぜ、山を愛してやまないのかが分かった様な気がしました。

 

 

 

 

来た道をゆっくりゆっくりと下山していると、まだ6時ころでしょうが、既にヤクの集団が山に登って来ていて、朝ごはんを食べていました。
(可愛いべびちゃんも)
(グレーの毛のヤクが好き^^)
(ロバでも猫ちゃんでもわんちゃんでも、グレーの毛ってなんだか惹かれる^^)
実は登山途中になんと、雪豹の足跡を見つけて大興奮していたのですが、それと同時に「こんな人里近くに雪豹が下りてくるのか?」と疑問でしたが、これだけたくさんのヤク(と赤ちゃん)が山に登ってくるのなら、雪豹がやって来ても不思議ではないな、と思いました。
 

 

ガイドさんは山に慣れているので、私たちがえっちらおっちらと一歩一歩を進む山の斜面を、ずざざざざと走って!登り、走って!下っているのには驚き!
そうしてガイドさんがキャンジンごんパの村と、ヤクの集団と、ランタンリルンの山々が見えるポイントを探してくれ、そこまで皆で降りて、朝日に包まれながら持ってきた朝ごはんを食べました。
今までで最も気持ちよい朝ごはんでした!!
 

 

今回登頂できなかったのは残念ですが、これは言い換えれば、「また戻ってこい」というランタンからのメッセージなのだと思います^v^
一生忘れないし来世でも覚えていたい、と思うランタントレッキング&ピーク登頂ですが、来世と言わず、また再び・すぐにでも戻って来たいと思います♡
 

 
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その後ホテルでお茶を飲み、ストーブで温まった後に、私とラッセはシャブルベシ/カトマンズへ向けて下山へ。

 

下山は一気に山を下りました。正直、歩行開始の3日目にしてキャンジンゴンパにつき、その翌日には一気に山を下ってしまうのは慌ただしいし、もっとローカルの人と交流したい・暮らしを見てみたいという人には短くてもったいないと感じます。
今回はガイドさん付&パッケージだったために日程変更が出来ませんでしたが、次回は単独で行き、もっとゆっくりとした日程にして、チベット民族の人々の暮らしを垣間見たり、交流したいなと思います!!!

 

 
それにしても、3850mの山に起き、朝には白雪積る4300mまで行ったかと思えば、夜には2400mまで2000mも下るのですから、その高低差たるや!

 

 

 

この日は地震の祈祷祭の日であったため、ランタン村に帰路にて立ち寄った際には、村の人々がプジャに出ていてほぼ空っぽでした。そのためリムチェ近くの村まで一気に下りましたが、下りの方が登りよりも、筋肉・足的にはきつくて、途中から「登坂が濃しい~」となる位に足が痛くなり、リムチェに着いた時には足の疲れから来る全身の疲労感で、ベッドにストレートに倒れこんでしまいました!

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