Nepal / travel

日常の小さなことに対して沢山の期待をしていたことに気が付いた話

<日常の小さなことに対して沢山の期待をしていたことに気が付いた話>

昨日はカトマンズを離れる子の見送り会にイスラエルレストランにネパールのイケメンを引き連れて一緒に行ったのですが、その際に自分がいかに日常の小さな色んな事に対して期待を多くしていたかに気が付きました。

そのレストランはネパールにしてはとても大きくて、1フロアは満席・2フロア目も結構な人数で、それに対してフロアスタッフは十分にはいなくて(私目線)。

 私たちが付いてからもぞくぞくお客さんがやってくるから、これは人数が増えたらスタッフは手一杯になるだろう・店内奥に座っている私たちにまで気が向かないかもしれないと思い、用があるときは①手をめっちゃ振り②大声で叫んで③ちゃんと気が付くまで大声で呼んでいたのです。

それに対してネパールの子がヨシヨシドウドウといきり立った牝牛をなだめるがごとくに私をなだめてですな。笑
「(そんなに必死になって叫ばなくても)ちゃんと彼らは気が付いているから大丈夫。ちゃんと彼らは来るよ!」と。

(ちなみに私がちょいちょいまた大声で叫び出しそうだったからか、途中から彼がスタッフさんを呼ぶのを代わってくれました・笑)

彼からしたら、一度手をふる/呼べば遅くとも&そうは見えなくても≒わかる返事をしなくともちゃんと来る、という意識の様ですが、そこで分かったのです。

私は「聞こえたら振り向いて『聞こえましたよ、今行きますよ』とわかる合図をし、また速攻でお客のもとへやってくるのがホールスタッフである」と思っていた事に。

・・・実はこれについてもラッセどんと話していたのですが、デンマーク・イタリア・スペイン・メキシコ・イギリスなどラッセどんがなじみ深い各国の様々な場面でのサービス・ホスピタリティについて聞くと、いかに日本のサービスの精神は期待度(要求度?)が高いかを改めて感じ、またサービス業のみならず、他人に対しての期待というものが、それこそ本当に小さなことからとっても高いことに気が付きました。

 

・・・どうりでいちいちストレスになって「ふんぬーーーーっ!!!」ってなる訳です。

ネパールに来てまでも、日本の対人関係における「ベース」をそのまま搭載しているのですもの。

これまで、時間感覚について、そしてこの出先での対応について、自分がいかに人(の行動)に期待をしていたかに気が付いたけれど、きっとこれからももっといっぱいあるんだろうなぁ!!!!

 

でも、こうして改めて「自分は期待することが多い」ことや、それだとネパールでは通じないこと・ネパール流の在り方があるのだということを体験することとなり、きっとこうやって少しづつ、ネパールの価値観を理解しシフトしていくのだろう!!!・・・・と自分に期待をするのでした笑!

や、ここはネパール流に言えば

「まぁ価値観を理解できなくても、なじめなくても、まぁそれでいいんじゃない?どっちでもいいから、そんなことはともかくお茶でも飲もうぜ

になるのかな(^◇^)♪

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