Nepal / travel

国や政治が機能している・いないはこれほど違いをもたらすのかと思ったこと

早朝から不機嫌に怒っていました。

「最もグレードの高いデラックスバスのはずなのに全然デラックスじゃない」
「いたるところ汚れだらけ、何でバスの室内なのに汚れるの」
「道ががたぼこ過ぎて全然快適じゃない」
などなど。

あまりの揺れの不快さで
「こんなに道ががたぼこなのに、なんでネパールはそのままにしておくんだ?」
と考えに至り、そこでようやく、これまでネパールについてから耳にしていた
燃料危機に始まる国家の崩壊の話と結びついたのです。
(おととしの当時は例えば石油が子女に出回らず、闇市で1リットルが600~800ルピー、日本の感覚で言えば数万円から十数万円)

今まで、道が綺麗なのは勿論、バスや電車に乗ればカーブや揺れの前に運転手さんが知らせてくれる、
もし道路に何かあれば支障をなるたけきたさない時間帯に迅速に工事が行われるが当たり前だったけれど、それは行政が行き届いていた・国の政治が機能していたから。
(むしろ年度末にはあちこちで”道路工事”が行われる位だものね)

がたぼこの道路から意識を少し広げると、
この凄まじい大気汚染と粉塵、砂埃の中で信号機の代わりに交通信号を出す人たち、
その中をバイクや歩きで通勤する人たち、
誰かが思い切りけったら崩れ落ちるであろう真ん中に大きく穴の開いた煉瓦造りの
小さく真っ暗な家に住む人たち、
通勤する人たちだろうか、軽トラの後ろに牢屋か檻の様に鉄パイプで作られた空間に
何人もの人が立ったまま乗って通り過ぎるさま
などなどが目に入ってきた。

あの交通信号を丸一周関していたら、たちまち肺を重度に病んでしまうだろう。

電気の通らない家に、一体何人の人がどのように暮らしているのだろう。

あのトラックは乗り心地は悪くないだろうか、安全なのだろうか。

その中で淡々と懸命に暮らす人たち。
暮らさざるを得ない・選択肢なんて考える余裕もないかの様に懸命に。

かたや観光客用のバスで観光客が優先される道路でなお、道がでこぼこで揺れることに・バスの車内で汚れることに腹を立てていた私。
過去のいろいろな悩みや不安や不満に思っていたことが思い返されて。

あまりの違いに何を感じているのか分からなく、とらえどころのない感情が膨れ上がり溢れて
涙が止まらなくなった。

生まれた国が違うだけ、と言えれば簡単だけれど、そうひとことには片づけられない。

私に言う資格があるのか分からないが、人間の命は平等だとしても、人生はとても不公平だ。

ネパールに来てからずっと祈っていたのは
「良き旅暮らしとなりますように、毎日ラブラブで楽しく暮らせますように」と自分のことばかりだった。

だけど周りの世界が目に入って、これほどに「国」という存在や機能が重要で、人々の暮らしにこんなにも影響を及ぼすものであるのかと感じて、
初めて、
どうかネパールの人たちが命・健康を患うことなく、怪我を負う心配なく、健康に安全に生きていけますように、そのための最低限の保障・土台をつくる「国」がいち早く整いますようにと心から祈った。

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