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ネパールでカルチャーショックを受けています/ハッピーハウスワイフィ&ハビィ・空飛び海越えるひきこもりカップルが地球規模でひたすらゆるゆるぐでぐで好きに生きている観察日記/ブレストDay-71

先週からネパールにいます。

 

 

好きになろう、いいところを見つけようとしてもそれを圧倒するストレスのほうが多くて、もやもやがたまっていってついに爆発してしまった。

 

 身ぎれいにすること、
お気に入りの靴を履くこと、
ティーポットでお茶を淹れること、
料理をすること、
野菜と果物をたらふく食べること、
(美味しいバナナ)、
2人きりでぬくぬく完璧にひきこもること、、、

そういった自分を幸せにする小さなことが出来なくて、
いや、
全然違う環境だからって「なくてもきっと大丈夫」って
我慢して・諦めて、
だから日々の小さな「あぁ幸せ♡はぁ~好き♡」が無くなって。

 

 

上下左右常に気を張っていないと歩けなくて
排気ガスと粉塵とガスか何かの異臭に
不協和音のバイクやクラクションが常に街に満ちていて
好きなはずのお散歩も
のどの痛みと嗚咽感で2キロと歩けない。

鳥小屋みたいなトイレはただでさえ清潔とは程遠いのに
みんなの使い方がひどすぎて
この世の終わりみたいな汚れ方をしていて
魂を吸い取られそうだし

トイレに併設されているシャワーは
基本お湯は出ない。

 

すべてに圧倒されて感覚がマヒして、
自分が何を感じているのかわからなくなって。

そうしたら自分のことも好きって思えなくて、
鏡に映る自分がすっごい不細工で絶望して。
自分のことも好きじゃなければ
なんでラッセといるのか、
ラッセのことが好きなのかどうかもわからなくなって
ネパールに至ってはもう何もわからん。

 

 だから
日々の幸せ感を呼び戻そうと
自分専用のティーポットを買いに出かけたけど、
道に迷って車に引かれそうになって
バイクに突き飛ばされそうになって
においと粉塵で気持ち悪くなって帰宅せざるをえず、
ティーポットひとつも買えない、
自分が何もできないように感じて。

 

 

出会う人たちは本当に素敵な人ばかりなのに
私はトイレとか道を歩くとかそんな根本的なことを
不満に思ってグチグチしていると思うと
自分が取るに足らない存在に思えて
なんだかすべてがいやになって
ネパールがなんだ、もう嫌だ~って早朝から泣き出してしまった。

 

 

 

「元彼の一家の別荘やヴィラとか優雅で快適な環境で、
今みたいなスタイルじゃないけど、
これまで途上国と言われる国に旅行してきたのは変わりないのだからきっとすぐ順応できる」、
って思ったし、
「こうゆうところにみんな生活しているのだから、
私もきっと慣れる=ストレスを感じているのは私だけなんだ、
ハルカは不満ばっかりに目を向けていて全然楽しもうとしていないって思われないように、
現地の人もいるし、好きで来ている人たちばかりなのだから、
私のにこうゆう気持ちしまっておこう」
って思って、
だから
きっとこのストレスは時間の問題なんだ、
早くなれなくちゃって思って焦った。
でもいやなものはいやだ~、ダメだ~。

 

・・・と、おえおえ泣きながら8日目にしてラッセどんに言ったら、逆に驚かれた。
よく8日間も耐えていたね、って。
(そして私のあまりのこわばった様子&ぐずり泣きに気が付いて他の旅人たちも親身になってくれて。うぅ・・・!)

ここまで日本やデンマークと違う国に来て、
圧倒されるのは当然で、私だけじゃなくて旅慣れたラッセも圧倒されていること、
今まで「旅行」としてひとつも取りこぼしがなく、
また快適に過ごせるようにオーガナイズされた環境=現地のリアルな環境を快適な窓越しに見て楽しむしか体験してこなかった人にとって、
時に思うようにいかないこともある、現地の生活・そのリズムを楽しむ「ライフスタイル」として旅に暮らすのは全く異なり、
特にバックパックスタイルをしたことがなければ当然多大なストレスになること。

 

 

 

だからこそ
少しでも違和感を感じたら、声に出すことが大事だと。
不満でもなんでもいい
少しでも不快だったり、嫌だったり、怖かったり感じたなら
貯めないことが大事だと。
ちょっとでも嫌だったら、僕に言ってね、と。

 

心に思い浮かぶことのほとんどが
不満だったから、口にしちゃいけないんだって思ってた。
文化の違いを「楽しまなくてはいけない」って思ってた。

「これがこの品質でこの値段?
日本だったらこの値段だしたら
最高に素晴らしいものが手に入るのに」
日本だったら、日本だったら、日本でさえ・・・

って
経済大国であらゆる利便性において
類をみない先進国といちいち比べて
悪態をついてた。

<You are allowed to fee like that.
そんな風に感じてもいいんだよ、そして言っていいんだ。>

 

この言葉にどれだけ心の荷が下りたことでしょう。

<我慢しなくていいよ。そう感じるのは君だけなのだから。
そう感じることに罪悪感を感じてなかったことにしよう、
見なかったことにしようとしても、
その気持ちは大きくなるだけで
君の魅力すら食い尽くしてしまうかもしれない。

そう思う・そう感じる自分を受け入れてあげるんだよ>

 

 

 

 

<そして文化の違いに直面した時に、できることは2つ。
その違いをありのままに受け入れることか
それについて自分が何かできないか模索すること。

そして前者のほうがはるかに簡単であること。
そういうものなんだな、って
受け入れる心づもりをもっておくといいよ>

 

 

 

 

<そしてもし、どうしてもだめだったら、僕に言ってね。
また清潔なホテルに戻るとか、
それから今後どうするかを考えればいいのだから>

・・・・・
・・・・・
・・・・・

びええええ~~~~~~ん!

ラッセドンに、みんな超やさしい!
そして
そして
ラッセどおおお~~~~ん!
また号泣してしまった!
ラッセドンの言葉がとてもうれしくて
こころにあったかいものが広がるのを感じた。

 

泣きわめいたらスッキリして
ラッセどんと抱擁していたら
また安心感が戻ってきた。

カルチャーショックは
「ショック」と言われるだけのことはあるね。

 

 

大学で異文化間コミュニケーションで、カルチャーショックについて「学んだ」とき、とても面白いなっておもったけど、実際自分がさ中にいると、学んだこと以上にダイナミックだなぁ。

そしてまさに、夢だった「暮らしながら旅をして、旅をしながら暮らすこと」を
まさにしている・夢がかない続けている・夢のさなかにいるのだけど
思い描くだけよりも
実際にそれに生きると
楽しくて心地よくて「きゃー!」って喜びばかり・
ユニコーンとアイスクリーム/お花畑ばかりじゃないんだなってわかって。
(魂の奥深くでは、「これやで!こでやで!最高やで!」って喜んでるでしょうけど)

でもそれすら、楽しんでいけるような気がします♬
どちらかというとバラの花のような。
美しい花ととげと、両方あるから魅力であるように。

車に追突されたり
食あたり(?)になったり
カルチャーショックのさなかであったり

「私、ヒンドゥー教の神様と折り合い悪いのかな?」って
思ったけど
逆なのかも!!
めっちゃ祝福されてるのかも!!

ホーリーとかして祝う
いかにも一筋縄ではいかなそうな
ワイルドでクレイジーなことが大好きな
いけいけな神様たちだものね
「更に楽しい人生・夢の暮らしにスパイスたっぷり加えて
彩り豊かに祝福したるわ!」って
感じなのでしょう!笑

・・・あ、ありがとうございます!!

で、でもでも、
やっぱりもっとお手柔らかに
ひよこを撫でるがごとく
マイルドにやさし~~く
お願いいたしまする!!!

……………….

 

 

 

もう一度、ティーポットを買いに街へ出て。
気持ち悪くなること多々だったけど
いろんなお店を訪ね歩いて、
ひとつひとつティーポットを見て
値切り交渉をしたりして
ようやくマイ・ティーポットを手に入れました♡

 

 

 

 

・・・・それで飲んだお茶のなんと心を和らげることでしょう。

 

 

 

 

 

その後2人でご飯を買いに繰り出して
マサラティとカフェラテを飲んで
値段気にせず
今食べたいものを買って
2人だけのお部屋に持ち帰って
ボウル一杯分はあるであろう大量のフライドポテトと
スパイシーなチャーハンと
エルサイズのピザをお供に
小さなベッドに横になって
お布団にもぐって
もこもことネットフリックス三昧♡

 

 

 

 

・・・あぁ~~~~~。
こうゆうのがずっと欲しかったんだ。
久しぶりの大好きなひきこもり時間を過ごして
やっぱりこれだなぁと思った。
どこにいるとか何をしてるかとか
関係なく、この
2人でぴったりくっついて過ごす
まったりした時間が
私の幸福感にとても大事で。

 

 

 

 

・・・でも
それと同じくらいに
きれいな環境、おいしい食べ物
お茶を淹れる時間などなど
日々の小さなことも
とても大事で切り離せないこと。

 

 

 

いろいろ吐き出せてよかった!
エネルギーチャージしてとっても気持ちの良い朝です!

 

 

 

そしていろいろ吐き出してスッキリとして
心に余裕が出てくると
今まで不満ばかりにフォーカスしていたけれど
町中に漂う甘くかぐわしいお香の香りを楽しんだり
ヒンドゥ教のお供え物や
何か儀式的なものなどに目を止めたり
現地の人たちの習慣を気にかけたり
身の回りのこまごまとしたことへの余裕が出てきたりして
不思議なものですね。

ちょっとづつ、ちょっとづつ
「好き」を増やしていこう♬

……………….

 

 

 

それから「きれいでいること、自分が美しいと感じること」について

 

 

「僕はハルカが化粧をしていようがいまいが、何を着ていようが
関係なく好きだよ。

 

 

でもハルカにとって美しくあることが大事なら、
それが出来なくてもどかしく感じるのなら、
「美しい」の発想を変えたらどう?
新しい「美しい」の基準を
この環境に自然に溶け込む
ハルカが心地よくなる基準を自分で作ったらどう?

 

 

 

ここではドレスを着たり化粧をしたり
きれいな髪でいたりするのは難しいなら
髪にスカーフを巻いたり
ゆるっとした素材や着心地で
かつオシャレなものを買いそろえよう。

 

 

 

きっと新しい「美しさ」を
見つけて
ハルカはきっとまた自分が美しいって
心地よくいられると思うんだ。

だから一緒に買い物に行こう♬」

とラッセどん。

 

 

 

 

・・・・その発想はなかった!

ああなんていい男!

 

 

そうか、私が「美しい」と感じられるあり方は
ひとつじゃない。
知らない美しさを発見して創り出すものもいいかもしれない!

 

 

 

相変わらず、ハルカのエネルギー源で
知恵の泉でありまする、ラッセどん♡

 

 

 

 

 

長くなりましたが
カルチャーショックのさなかにいると感じたら
いや、
感じる余裕が無いほうが多いかもだけど
不満でもいいから口にして、無理をしないこと
そう思う自分に罪悪感を感じなくていいこと
比較ではなく、ありのままに受け止めること
が大事で
日々の小さな幸福感・幸福をもたらすものには
絶対妥協しちゃダメだ、
というより
当たり前にそれらと共にいよう、

ということみたいです(^_-)-☆

 

 

 

 

 

 

今日はホテルでゆっくりして
ラッセドンと温泉&日本料理を食べに行こうと話しています(⋈◍>◡<◍)。✧♡
モダンなショッピングモールにも立ち寄って
オレンジ&ハーブのお茶も買いたいな♬

 

 

 

 

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