life / thoughts

Once I was 7 years old… 喧嘩

お父さんと蹴りあい殴り合いのけんかになってしまって、お母さんが止めに入っておじいちゃんが仲裁に入って家族会議。
何をしてても何をしてなくても、周りのひとたちやお母さんお父さんみたいに社会的にうまく振る舞えなくても、認めてほしくて愛して欲しかった、というのがうまく言えなくてお母さんが通訳。
頭回らないし言葉出てこないし鼻水と嗚咽で。
同じ日本語を話していて18年一つ屋根の下に住んでいたのに、言葉が出てこなかったり通じ合えないこともあるね。

 それでおじいちゃんに「はるかは自分が何してっとかよ、自分のこといっこーいわねーだもの、それじゃあわかんねぇよ」って言われて、それで色々思い出して、何だかつながった。
小さいころから、人と仲良くなりたいけど同時に人と話すのがすごく怖かった。
小さいころからお父さんは単身赴任or早朝出勤/深夜帰宅であまり顔を合わせることも話すこともなくて、お父さんがお家にいたり旅行にいくと何を話したらいいのか、ぎこちなさがあった。

幼稚園の時は、「嫌だぁ~~!!」って滅茶苦茶泣いた覚えはあるけれど、小学校の時のいろんなつらかったことや中学校や高校での嫌だったこと、大学の時それから・・・いろいろあったけど、心配させないように、普通の子、よくできたいい子、立派な子でいなきゃって、何があったとかどう思ったのかとか、伝えなかった。
お父さんお母さん家族が思う一人前の人間でいて、安心させなきゃって思って、本当は真逆の、社会に適合できない、人が怖い・人とコミュニケーションがとれない、人と仲良くなれない、普通の生活普通の人になれない自分に劣等感と罪悪感を感じながらひた隠しにしてた。
「うん、大丈夫だよ」
「どうにかやってるよ」
って言い続けて。

だから、もし言ったら家族を怒らせるし悲しませるし失望させるし、言わないでおこう、そしたらきっといつか、いい感じに仕事もできて結婚して子供もできて、家族を煩わすこともなくなるって思ってた。
でも、それは日本でも海外でも、誰とでも何をしてもできなかった。
普通の仕事もできないし、普通の暮らしもできないし、普通の人生も築けなかった。

と、いうのを鼻水まみれに言ったらお父さんが、
「じゃあなんでその時にいわねーだよ」
「つらかったならすぐにやめればよかったのによ」
って言って、何だかそれを聞いたら
よくわかんなくなっちゃった。
なんでひとりで抱え込んでたんだろ、なんでひとりで解決しようってしてたんだろうって。
お父さんお母さん仕事で忙しくて、期待されてると思って、
家族がみんな仲良かったころの私の、いい子でいようって思い続けてたのだな、奥底で。

でも本当は、お父さんもお母さんも、おじいちゃんも、
みんな私に言ってほしかったんだな、頼ってほしかったんだな。
私が何もできなくても失敗ばかりでも、本当は気にしなかったんだな。
言えば良かったんだな、頼ればよかったんだな。

なんで、いつからこうなっちゃったんだろうって思ってたけど、
自分でその種を撒いて育ててたんだな。

お母さんが、お母さんの友達の倒れた息子さんの話を聞いて、実は私が悩んでたんじゃないかって思って、いろんな本を買って調べてたの、さっき初めて知った。
お母さんも私のこと見てない、理想を押し付けてるだけだって思ってた。

お母さんがさっき、私に話をしにきて、お父さん「も」あまのじゃくなんだってわかった。 言ってることと思ってることが逆なのね。

なんで両親と私、特にお父さんと私は、文字通り何か言うたび喧嘩や冷戦になっちゃっうくらいにこんなにも違うんだろう、どうして理解しあえないんだろうって思ってたけど、本当は根っこの根っこはものすごく似ているんだなってわかった。

なんか火がついて色んな話をして、おじいちゃん、おかあさん、私の3人が最終的に涙ぐじゅぐじゅになっちゃった。

あーーあ! 私ってこどもだなぁ! なんておっきなこどもなんだ!
ふぅ。
でもなんだかちょと、すっきりしたというか安堵感があるのはなんでだろう。

Lukas Grahamの7yearsがず~~~っと頭をぐるぐる回る。
Once I was 7years old…

my momma told me go make yourself some friends or you’ll be lonely

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